営業

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「すまんけど、営業に行ってくれないか?」 「営業ですか?」  部長の問いに、オウム返しに返事をした。  部長はうんうんと首を前後させた。 「営業だ」 「場所はどこですか?」 「ナガーイクッツーク星だ」 「ナガーイクッツーク星ですか」  手足や胴体、首が長いのが特徴だが、生殖方法が更に特殊で、オスの右側とメスの左側がくっついて半身を一体化させ、真ん中に子供を作るというスタイルである。とにかく特殊なことで有名な種族だ。 「そこに何を売りに行けばいいのですか?」 「マフラーだ」 「え? マフラーですか?」  私は首を斜め45度に傾げた。  ナガーイクッツーク星の住人は生涯でマフラーを一本しか買わない事でも有名なのだ。  生殖中は互いの愛の深さを示すために、一本のマフラーを二人の首にぐるりとかける。間に隙間があって寒いが、それに耐えることが美徳とされている。 子供が出来たら子供の首に新しいマフラーをかけてあげる。それが生涯で一本しか買わないマフラーなのである。 (つまり子供は一人しか作らないわけである。そしてマフラーはオスの方を使う。メスのマフラーは記念品として家に置く飾りとなる。胎生の生物であれば臍の尾に相当する扱いをするようである)  部長もその事は重々承知のはず。  実際にこれまで私達の商社はナガーイクッツーク星に商品を納めていない。 「売れる見込みがあるのですか?」 「無い」  部長は断言した。  私は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたと思う。  そんな私に、部長は続けた。 「無いが、逆にそれがビジネスチャンスという事だそうだ」 「マジですか……」 「上は本気だ。マフラーが結構余ってるから、どうせなら売れてないところに売っみやろうぜ! という感じらしい」 「……」 「そういうわけで、本当にすまないが営業に行って欲しい。……売れなかったら売れなかったで、上も現実を知るだろうし、こちらとしてはモデルケースの一つになればいいという程度だ。そこまで気負わなくていい。駄目で元々だ。費用は全てこちらが持つし、何かあれば責任は上が取る。ちょっとした旅行だとでも思ってくれればいい」  つまりはデメリットがないのでとにかく行け! ということである。  とはいえそれをバカ正直に鵜呑みするわけにはいかないと思わないのでもないのだが、私はサラリーマンなので、ここまで言われて断るのも気が引けるというものである。  渋々、本当に渋々、私は首を前後させた。  部長は皆声を挙げた。 「君ならそう言ってくれると思っていた! ちなみに君が選ばれた理由だが、君が腹巻きをしているからだ」 「え?」 「今の君の姿であれば、体に何か巻けばもっと暖かくなりますよ。と説得力を与えることが出来るわけだ」  おいおい勘弁してくれ。腹巻きくらい、時期が来たらみんなするものじゃないか……しかし辺りを見回しても社内で腹巻きをしているのは私だけだった。  たまたま私だけがそういう時期だったらしい。やれやれである。  私は面倒だなぁと思いながら宇宙船に乗って営業へと向かった。
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