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またも礼を言えず、未咲は拳を握り締めた。
(なんなのよ、一体…)
その後、何度もヨウに接触を試みた未咲だったが、のらりくらりとかわされてしまい、とうとう放課後になってしまった。
しかし運良く、この日の掃除当番がヨウと被った為、未咲はこの時に賭けた。
場所は空き教室。
メンバーは未咲とヨウ、そして友人の朱姫、クラスメートの庭野忠義[にわのただよし]と黒井理亜[くろいりあ]の五人だった。
真面目な五人での掃除は揉め事もなく分担し、すぐに終わりを向かえた。
「未咲、明日ね!」
「うん、また明日」
「私も家の手伝いがあるから…」
「分かった。ホウキは片付けとくね、黒井さん」
「あ、忘れ物…。もう掃除終りだよね?じゃあ」
「庭野君、バイバイ」
掃除が終わると、朱姫はもう迎えに来てるからと言って空き教室を後にし、家の手伝いがあるからと理亜も帰ってしまった。
忠義は教室に忘れ物をしたからと、別れを告げると部屋を出て行ってしまい、残されたのは未咲とヨウのみとなった。
ヨウはどこか慌てた様子で鞄に手を掛けて入り口へ向かったが、それは未咲の言葉によって遮られた。
「じゃ、じゃあな、花里さ…」
「待ちなさいよ!」
「へ?な、なに…?」
「なんで最近、あたしにぶつかって来ないのよ…」
「いや、それは…」
「おかげで、言いたいことも言えなかったじゃない…」
「え…」
足を止め、未咲へ視線を向けたヨウは、未咲からの言葉に目を見開いた。
そんなヨウの様子に気付く事無く、未咲は俯いたまま言えずにいたお礼を口にした。
始めは呆けていたヨウだったが、すぐにいつもと変わらぬ態度で言葉を返したのだった。
「な~んだ、そんなことか…」
「そうよ、そんなことよ…」
「オレ、てっきり告白されんのかと思った…」
「!なんでアタシが、アンタに告白なんて…」
「オレは、花里さんのこと好きだけどな」
「なっ!?じ、冗談言わないで…。からかってるんでしょ…」
「からかってはいないけど、オレは好かれないから…」
「え…。………あたしは、五木君のこと嫌いじゃ、ないわよ…」
「………………」
まさかの未咲の言葉に、ヨウは思わず俯いた。
突然黙り込んだヨウに、未咲は居たたまれなくなり、「帰るわよ」と告げてヨウの横を通り入り口へ向かう。
瞬間、腕をガシッと掴まれて、未咲の足は止まり、沈黙が流れた。
「…そんなこと、こんな姿見ても言えるか?」
「え?…っ、な…ハエ!?」
沈黙を破るようにヨウが言葉を発したが、未咲は意味が分からず顔をヨウへと向けた。
すると、未咲の目に飛び込んで来たのはヨウの姿では無く、大きな蝿だった。
何が起こったのかと驚いていた未咲だったが、蝿のいる所にはヨウの姿が見当たらず、それでも聞こえてくる声はヨウのもので、未咲は信じられないながらも何者か訊ねた。
「ど、どういうこと?五木君は…。それより、このハエ一体…?」
「オレはヨウ。五木ヨウだ」
「五木君?え、だって…、ハエが?」
「ああ、オレだ。オレは、ハエなんだ。生まれた時からな…」
「………」
自分をヨウだと名乗るハエに、未咲は思わず口を閉じた。
口ぶりからは嘘は感じられなかったが、どうしても目の前のハエがヨウだとは信じられなかったのだ。
そんな未咲の様子に気付いたヨウは、戸惑いながらも、ゆっくりと自分のことを話し始めた。
自分は蝿と人間の子供であること、兄弟はみんな蝿だが自分だけ人間の姿になれること、好きな人を意識すると何故か蝿になってしまうことなど。
話を聞きながら、未咲は呆然とするしかなかった。
「…信じられないだろ?普通はそうだよな…。オレは物心ついた時には、こうだったから気にならないけど…」
「…よく、今までバレなかったわね…」
「結構、危ない時はあったけど、なんとか誤魔化してな…」
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