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ふみちゃんはドクターアンリと何往復かやりとりを繰り返して神社への行き方を教えてから、ようやくスマートフォンを和風の柄の巾着袋にしまった。巾着袋といっても、底の部分は籠になっていて、持ち手も付いているので、バッグに近いかもしれない。
あれ……?
手持ち無沙汰にふみちゃんとアンリのやり取りが終わるのを待っていた僕はいつもと何か違うという違和感を抱いた。
なんだろう……?
違和感の正体を頭の中で探ろうとしたが、ついつい視線と思考がふみちゃんに奪われる。
ふみちゃんはちょっと唇をあけ、艶のある細身のリップスティックをじかに唇にあててすべらせ、塗りなおしていた。小さな口がぽってりと紅く染まる。いつもは淡い色の口紅しかつけているところしか見た事がないが、着物には紅い口紅がよく似合っている。
「着物の時ははっきりとした色の口紅を付けた方がいいよってナース仲間の栗山ちゃんに……、言われて」
ふみちゃんは僕が見つめているのに気が付いて、いつもと違う色の口紅の言い訳をする。
「うん。とっても似合っているよ」
と答えつつ、眉がわずかに寄ってしまう。ナースの栗山ちゃん。その名を聞くとどうも心に暗雲が忍び寄ってくる気がするからだ。栗山ちゃんはふみちゃんの看護学校の同級生なのだが、僕が作ったクリームブリュレをふみちゃんから奪って食べたという悪の所業を犯した過去があるのだ。ふみちゃんには内緒だが、僕は密かに栗山ちゃんをデビルと呼んでいる。僕にとって彼女は、可愛らしいイガの栗の山なんかではなくて、地獄の針山だ。
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