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プロローグ
「ふぅ...」
一呼吸をついたときには、もう夜が明けていた。
夏の朝の暖かな風が吹き込み、先程まで書いていた本のページがぱらぱらと流れていく。
その隣には、美しく煌めく白色の"鍵"。
どこか不思議と輝くその本の最後のページには、英語でこう記してあった。
...
20XX年○月○日
もういい。そう思った。
書きたいことはすべて書いた。
何も書き残すことはない。
あの日起きたこと、あの日までに起きたこと。
何てことはない、しかし波乱万丈で彩り豊かだった日々。
今思えば、私の最初の印象は、彼らにとっては最悪だったかもしれないな。
あの頃は怖いもの知らずを騙った阿呆だった。
それを変えてくれたのは、彼らであり、彼らと過ごした日々だ。
そう、それをふと書き起こそうと思ったのが3か月前。
今は亡き仲間たちの日記を借り受け、書き始めた。
自分達が人より寿命を迎えるのが早い運命であることはわかっていた。
それゆえに書き起こした、彼らとの日々。
全く素晴らしい人生であったと自分でも思う。
これ以上の人生を歩んでいるような人は、あとにも先にも私たちしかいないだろうと思う。
厳しい戦いだった。
本当に、厳しい戦いだった。
幾度も死を覚悟した。
幾度も、犠牲を覚悟した。
身を削り、心を削った。
成し遂げなければならなかった使命のために。
何より――大切なものたちのために。
...さあ、そろそろみたいだな。
彼らとまた、談笑出来る日が来るとは。
待たせてすまない。
なんせ、これを書いていたものでね。
何十年、何百年先でこれを読んだものたちよ。
聞いて驚け、これは実話だ。
私たちの――いや、俺たちの、生きた証だ。
...
――そう書き残した彼。
そっと筆を置き、ぱたりと本を閉じる。
机に置かれた白色の"鍵"が、黎明のようにきらりと輝きを放つ。
そして彼は本の裏表紙に、彫るようにサインをし、慈しむように背表紙をなぞった。
まだまだ初老とも取れる顔立ちに、かつての英雄らしいしっかりとした鋭い目付き。
髪は少し白髪が目立つが、優しく撫で付けられている。
彼は満足げな顔を浮かべ、執筆机隣のベッドに横になった。
彼は、そのままゆっくりと目を閉じる。
穏やかな風と、鳥のさえずりだけがこだましている――
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