第一光 1話

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 午後5時、辺りが少し薄暗くなり始めた頃。  紀保留(きほる)白咲(しろさき)学園大学付属高等学校。  かろうじて行うことができた、春休みの部活帰りの学生たちが、自分たちの流れに逆らい、校庭を横切って歩く人影を振り返る。  散った桜の花びらが積もるサッカーグラウンドを横切って歩くその人影は、この学校の生徒のものでも、ましてや教師のものでもなかった。  前髪は荒く切り揃えられ、後ろの長い髪をゴムで束ねた、少し明るい紺色の髪。  すらりとした体型。  少しハーフを思わせる顔立ちに、白金色の瞳。  その姿を、校舎3階から眺める人影があった。 「来たみたいですね」 「お、時間ぴったしか」 「…やるぞ」  国内有数のエリート輩出校の校舎は、どこか教会を思わせる内装だった。  来賓用の玄関の向こうには、ステンドグラスが輝いている。  雄麻は靴を脱ぎ、来賓用のスリッパに履き替える。  生徒がいない校舎はひんやりと冷たく、沈黙の中にスリッパの擦れる音だけが響く。  廊下の突き当たりの階段を3階まで登った所に、目的の部屋はあった。 『生徒会室』  そうプレートに書かれていた。 (ここか…)  ずっと探し求めていたもの。  それが今日、明らかになる。 「暁之瀬雄麻さん、ですか」 「そうだ」  雄麻は答えた。  瓜二つ――否、瓜三つの3つ子に対して。 「はじめまして。僕は――」 「御託はいい。”俺が知りたがっていること”とやらを教えてもらおうか」  雄麻は言葉を遮るように言った。  しかし、目の前の3つ子の礼儀正しい1人が、やや困惑したように―しかし、”慣れている”とでも言うように呆気なく、 「まぁまぁ、まずは礼儀を通させてください」  と、ニコニコして言う。 「僕は紫立涼真(しだちりょうま)といいます。こっちが金城涼河(かねしろりょうが)、こっちは荒銀涼羽(あらがねりょうは)。見ての通りの3つ子です」 「…」 「どーも!」  礼儀正しい口調の涼真、先程から黙って雄麻を見つめているのが涼河、どーも!と手を挙げたのが涼羽。  見れば見るほど、似ている3つ子だ。  雄麻は3人を眺めたあと、 「どうりで顔が金太郎飴って訳か」  と、漏らした。 「あはは、よく言われます」  涼真はへらへらと笑って見せた。  正直あまり言われたくないのだろう。目はあんまり笑っていなかった。 「…言われたくて言われてるわけじゃない」  そうぼそっと言ったのは、涼河だった。  雄麻は涼河を睨みながら、あえて挑発するように言った。 「そりゃ悪いことを言ったかもな。…ただ事実に違いはねぇだろ」 「…んだと…!」  雄麻と涼河の間に、不穏な空気が流れる。  涼河は今にも殴り掛かる勢いで、雄麻はそれを余裕の構えで見ている。 「おいおいお二人さんよ〜、そんなんじゃこれからやっていけないぜ?」  口を挟んだのは、3つ子の中で1番体格のいい涼羽だった。  涼羽は2人の間に移動すると、下がれ、と無言の圧で涼河の肩に手を置く。  不本意そうだったが、涼河もそれに何も言うことは無いようだった。 「涼真、説明しちまえよ」 「そうですね、いいですか?」 「…あぁ、構わない」  雄麻もすこし何か言いたげな表情だったが、先を促した。 「世の中には、悪魔がいます」  突然の話に、雄麻の顔が、何を言ってるんだという顔になる。 「あ、もちろん比喩とかでは無いです。実在します。物体として」 「そういう話か。そういう宗教勧誘的な話はあいにく微塵も信じてな――」  両手を上げて、肩をすくめる。  雄麻は別にどの宗教にも属していない。なんなら無神論者だ。  しかしそんな態度の雄麻に、涼真は真剣な眼差しで説明し始めた。 「最近相次ぐ、不審死の事件」  しかし、その言葉で雄麻の動きが止まった。 「大手の資産家ばかりが狙われていて、事件後には財産がもぬけの殻、家は獣が入ったような有様」  それは、最近のニュースを賑わせている事件だった。 「そもそもセキュリティが万全な資産家宅にどうやって、何が侵入したのか――あなたも、気が気じゃなかったんじゃないですか?」 「!」  雄麻は目を見張った。 「まぁ事実、放っておいたらあなたが狙われていたのは確実でしょうね」 「…何を知ってる。教えろ」  雄麻は涼真を睨みつけた。 「何を、と言うよりは、全てを知ってます」  その視線をものともせず、涼真は言った。それが全て―― ――悪魔のせいだ、と。
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