3人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「きゃっ!」
ガクッ
「あ…」
蜘蛛の存在に思わず後退り、その拍子に朱姫は階段から足を踏み外した。
身体がゆっくりと傾いていくのを感じながら、(落ちる…)と分かっていても朱姫は微動だに出来ず、そのまま目を瞑った。
瞬間、朱姫の身体を何かが支え、階段から落ちるのを防いだ。
「え…?」
突然の違和感にゆっくりと目を開けた朱姫は目の前の巨大な物体に一瞬呆けたが、すぐにそれが何か分かると目を見開き顔を青くして腰を抜かした。
朱姫の見たもの。
それは、焦げ茶色の毛を生やし八つの黒い石を埋め込んだ様相の蜘蛛だった。
早朝に、そして今しがた朱姫が見た蜘蛛と同じ蜘蛛ではあったが、大きさが朱姫と同じくらいになっていたのだ。
「い…、や…」
「………大丈夫か?」
「…え?」
「…気を付けろ」
怯える朱姫に小さな声で告げた蜘蛛は、見る間に小さな蜘蛛に戻り、朱姫から離れると壁を這い姿を消した。
残された朱姫はその後も茫然としており、遅いことを心配して様子を見に来た未咲に声を掛けられるまでその場を動けずにいたのだった。
「も~、ビックリしたよ?あんな所に座り込んでるんだもん…」
「ありがとう、未咲…」
「何であんな所に座ってたの?」
「落ちかけて…」
「ええ!?ちょっ、怪我は?」
「大丈夫…」
「なら良いけど…」
帰路につき、未咲からの質問に答えながらも朱姫は先程見た巨大な蜘蛛の事を思い出していた。
虫全般が苦手で、中でも何故か蜘蛛が特に苦手な朱姫。
苦手になった理由は分からないものの、物心ついた時には既に姿を見る度に泣き出すほどだったのだ。
「何で階段から落ち掛けたの?」
「手摺に…、蜘蛛が…」
「あ~…、蜘蛛駄目だもんね朱姫」
「………」
「まあ、分からなくはないよ?あたしは蜘蛛平気だけど、苦手なものは見る度に避けちゃうし…」
「未咲が苦手なものって?」
「え~?そうね~、騒がしい人とかかな」
「騒がしい人?」
「うん。ほら、うちの組の五木ヨウ[いつきよう]とか?」
「五木君…?」
「そう!あいつ、休み時間になると何故か1回はあたしにぶつかってくるのよ!?しかも、「ごめんごめん」って謝ってるのにへらへらしててさ…」
「そうなんだ…」
「だから、こっちがぶつかられないように気を付けてるのに、それでもぶつかってくるのよ?」
未咲の口ぶりに、朱姫は少し驚きながらも「それは困るね…」と返した。
話している内に朱姫の家の前まで来ていたが、未咲は気付かず今だ怒り続けていた。
その流れで、朱姫に抱き着き「だからあたしは朱姫みたいに大人しい人のが良いの」と告げた。
急な未咲の行動に少し戸惑った朱姫だったが、嫌な気はしなかった為、「そう…」と答えるだけだった。
「…何してんだ、お前達?」
「え?あ、ただいま、知生さん…」
「あ、こんにちは~」
不意に声を掛けられ、声のした方を見た朱姫の目に、どこか呆れた様子の知生の姿が映った。
特に自分の疑問に返すことは無く、「ただいま」と告げた朱姫と笑顔で「こんにちは」と挨拶する未咲に知生は、小さく息を吐きながら「お帰り。こんにちは」と返した。
その後、未咲はニヤニヤしながら「また明日ね、朱姫」と言って帰り、顔を真っ赤にした朱姫も「またね」と言って見送った。
「元気な子だな。あの子」
「未咲って言うんです…」
「ああ、あの子が…」
二人は夕食を作りながらその日あった事を話すのが日課で、この日もいつもの様に話していた。
最初のコメントを投稿しよう!