無人の街・横浜で

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無人の街・横浜で

 第一章 「人が消えた街」  2021年2月。18歳の岸晴香(きし はるか)は横須賀線で高校に向かっていた。電車の窓からは青空が見え、人々は新聞や本を読んだりと、どこかゆったりとしている。  『次は横浜、横浜でございます」というアナウンスが聞こえ、あわててかばんを持って電車を降りる。そのとたん、彼女は驚いて足を止めた。電車と駅の中には、人が誰もいなかったのだ。  階段を駆け下りて改札口を抜けても、真っ暗な駅では視界が悪く、何度も 転びかけた。  ふいに虫の羽音が聞こえて振り返ると、オオスズメバチの群れが彼女に迫ってくるのが見えた。鋭い針が腕に刺さりそうになり、思わずうずくまる。そのとき、火のついた(まき)がハチたちに向かって飛んできて、息絶えた。  「晴香!大丈夫か?」駆け寄ってきた若い男性を見て、彼女ははっとした。 黒いコートを着た彼は、幼なじみの木幡勇人(きはた ゆうと)である。彼が持っている小型のキャリーケースから、黄色い双眸(そうぼう)がこちらを 見ている。勇人の飼い猫、トバリだ。  「久しぶりだね」と声をかけると、「なあ~」と鳴いた。勇人がケースの鍵を開け、トバリを抱き上げると彼の腕から降り、晴香の足に鼻をくっつけた。  「勇人。なんでこんなに真っ暗なの?電車に乗っていた人々もいなくなってる」と晴香が聞くと、彼はデパートのほうを一瞥してから「ヘビや昆虫を使う組織『ブルート』が人をあそこに監禁して、殺してるんだ。俺の両親と妹も、地下一階の倉庫に閉じ込められてる」彼はそう言って、奥歯を強く噛んだ。  「それじゃあ、電車に乗っていた人たちも?」「ああ。気付かれないように後ろからヘビを近づけて、絞め殺してたんだ」晴香は体が震えるのを止めることができなくなった。トバリが彼女の肩に乗り、頭をくっつけてきた。黒く柔らかい毛をなでていると、心が落ち着いていくのを感じた。  「地下一階へは確か、階段を下りていくんだよね」「うん。だけど奴らのほかにムカデやオオスズメバチがいるから、すごく危ないぞ。それでも一緒に来 るか?」彼の言葉に、晴香はうなずいた。「母親が違う弟の大知(だいち)もいるから、彼のことが心配なんだ。それに、おじさんやおばさん、あなたの妹の雪ちゃんとも昔からの付き合いだし」と言って、晴香は彼の顔をじっと見つめる。  「わかった。足元に気を付けてくれ」と言って、彼は晴香と手をつないで デパートの中へ入っていった。         
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