無人の街・横浜で

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 第四章 「赤坂 純の過去」  「ここです。みなさん、入ってください」勇人にうながされ、五人は彼の後から家の中に入る。一階にはキッチンと居間、寝室があり、きれいに掃除されていた。  「まずは体を温めましょう」と言って、勇人がカップに粉末のコンソメスープを入れてお湯を注ぎ、お盆にのせて持って来た。五人はスープを一口飲み、 大きく息を吐きだした。  「おいしい。外が寒かったからなあ」と晴香がつぶやくと、「ゼーさんから 手紙と一緒に分けてもらったんだ。俺たちと同じ高校の先輩だよ」と彼が満面の笑みを浮かべる。晴香は驚いて目を丸くする。  「あの人、雪柳高校出身なんだ。同じクラスだった二宮さんと結婚してドイツのミュンヘンにいるんだよね?」「うん。ブルートのことも知ってて、『気をつけろよ』って手紙に書いてあった」    カップが空になったところで、勇人が咳払いをした。「ブルートとそのリーダー、赤坂 純について話したいと思いますが、いいですか?」五人がうなずくと、彼は座布団に正座してから話しはじめた。  「まず、赤坂 純のことから。奴は小さい時からは虫類や昆虫が好きで、 家の庭や近くの公園でよく捕まえては飼っていたそうです。しかし学校の勉強は苦手で、両親や祖父母からきつい言葉をかけられ続けたことで人を嫌うようになり、高校時代の同級生二人とともに作ったのがブルートです。そして他人(ひと)を殺すようになった、ということでした」話し終えると、勇人は大きく息を吐きだした。  「晴香。奴の部下はあの二人だけじゃない。30代から50代まで、60人の人が五つのグループに分かれて行動している。そのうちの一人が清水真紀(しみず まき)42歳。学生時代からものづくりが得意で、大学卒業後は東京にある会社で働いてたらしいけど、三十代で退職したらしい。それから 奴のチームに入ったって」彼はそう言って、肩にかけていた黒いかばんから一冊の茶色いノートを取り出して五人に見せる。カメラで撮ったらしい真っ暗な駅の写真が貼ってある。その中の一枚に黒こげになった駅の照明が写っている。  「見てくれ。彼女は昨日ライターの火を横浜駅の電球につけて爆発させ、落としたんだ。中学生の時、化学の授業で一番上の成績を取ってたらしい」「すごいねこれ。真っ黒になっちゃってる」と晴香がつぶやく。  「それだけじゃなくて、さっき入ったデパートでも業者に変装して段ボールを積み上げてたんだ。彼女は赤坂 純を積極的にサポートしている者の一人だ。気を付けたほうがいい」彼の言葉に、晴香は「うん」とうなずいた。    「これからどう動くの、勇人」と母親に聞かれ、彼は「全員でしばらくここにいたほうがいいと思うんだ。大知や晴香、それに父さんと母さんを死なせないために」と答える。トバリが大知のひざの上に乗り、前足をなめる。晴香はトバリにそっと近づいて、ピンク色の鼻にキスした。大知が目を丸くして「姉さん、おれ以外の人には全然しないのに」とつぶやく。それを聞いた勇人が「晴香は昔から、人より猫のほうが好きだからなあ。高校生になってから母親に怒られることが増えて、しゃべる回数が減ったんだ。でもお前に対しては優しいんだろうな」とにっこり笑う。大知はゆっくりとうなずいて、家族のことを語り始めた。                        
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