<壱>

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 だが、祖母が中学生くらいになった頃――ある出来事が起きた。“マーテリア教”という新興宗教の教祖が作った政党が与党となり、その教主が総理大臣になったのだ。マーテリア教は、どんなカラクリを使ってか爆発的に信者を増やし、非常に影響力の強い教団として国を支配するようになる。その教えの中でも最も強烈なものの一つが――人々の恋愛と性を縛り付けるものだったのだ。  いわく――正しい人間には、男性を愛する女性と、女性を愛する男性の二種類しか存在していない。それ以外の趣向の者や中途半端な精神、および肉体を持つ者は全て神様が間違えて作ってしまった“出来損ない”である、と。  出来損ないの人間を正しく導くためには、彼らが正しく愛するべき相手をあてがい、誤った考えを正してやる必要がある。それができない者は教えに背く背教者であり、悪魔の子として処刑しなければならない――と。  簡単なことだ。梓が生まれるずっと前に起きたその教団の滅茶苦茶な思想のせいで――この国は、異性愛以外を断固として認めない、同性愛そのものが犯罪であるといった風潮が生まれてしまったのである。  同性愛者は、実際は人口の一割以上の数がいた。しかし、表だってそれをカミングアウトしていた者たちは全て捕らえられて“処理”か“処刑”されることになり、隠していた残りの者達はすべて心を殺すようにして生きなければならなくなったのだ。  同性愛だとバレれば、昨日まで親友だった者にさえ指を指され、家族には恥さらしと罵られ、警察に捕まって専用の施設に送られて――死ぬよりも残酷な目に遭わされる。それが、この国の現状であり、真実だった。同時に――梓にとって、生き地獄以外の何者でもないこのセカイの。 ――カミサマ、なんてものがいるのなら。  泣いてはいけない。疑わしきは罰せよ、それがこの世界だ。 ――どうして…どうして私みたいな存在を作ったんですか。何で私は、普通に……男の子を好きになれないんですか。  斉藤梓――十七歳、高校生。  梓は女でありながら同じ女性のことが好きな、レズビアンだった。男性みたいになりたいとか、女である自分の性別を疑ったことはないが。ただただ、恋をする相手だけが“普通”と違っていたのである。好きになる相手はいつだって、同じ女の子だった。気がついた時どれ程絶望したか知れない。この国で同性愛者がどれほど辛い人生を歩むことになるかなど、言うまでもないことだったからである。  全ての恋は、梓の胸の内にだけ押し込まれることになった。  好きだ、なんて死んでも口には出来ない。気持ち悪いと思われるだけで済まないことは、毎日流れる恐ろしいニュースが証明しているのだから。
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