<壱>

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<壱>

 クリスマスを間近に控えたこの時期が――梓は一番、嫌いだ。 「もう、ジュン君ってばお世辞上手いんだからー」 「お世辞じゃねーって。本気で可愛いと思ってるってば」 「やーめーてーよ、恥ずかしいなぁ、もう!」  手を繋いで歩いていくカップル。梓と同じ高校の制服を着た二人は、見せつけるように指を絡めて梓の前をすたすたと歩いていく。人前でよくもあれだけイチャつけるものだ、なんてツッコミは野暮なのだろう。ただでさえクリスマス前だ。受かれているカップルはけして少なくあるまい。  ましてや、この国の現在の風潮を考えるなら致し方ないことだろう。少子高齢化を憂いたこの国は、積極的に恋人を作り、愛を見せつけるような行為であっても推奨されている。流石に人前で裸になっておっぱじめたら別の法律に引っ掛かってはくるが、車の中で隠れて子作りに励んでいようと咎められることはない。  愛を積極的に確かめあい、人前憚らずキスしまくっていても――それを表だって非難する人は、この国にはいなかった。そんな状況だ。クリスマス前ともあれば余計爆発して欲しいカップルが増えるのは必然だろう。 ――本当に、最悪の季節…。  梓は一人、唇を噛み締めた。カップルを冷やかしてもいい。やっかんでもいい。それでも、嫌悪感を顕すようなことだけは、なんとしてでも避けなければいけない。そう、下手に非難を口にするようなことがあれば、あっという間に疑われて――処罰されることになるのだから。  現在の国法――恋愛遵守法には、こんなことが書かれている。  積極的に恋人を作り、それを見せつける行為を推奨する、ただし――異性同士のカップルに限る、と。  あらゆる同性同士での恋愛、もしくはそれに準ずる行為は禁止する――と。 ――なんで、この国はこんなに歪んじゃったんだろう。おばあちゃんは言ってた。昔は……こんなんじゃなかったって。  泣きそうな感情を堪え、イチャつくカップルを視界に入れないようにしながら――梓は校門を潜った。  この国では、同性愛は認められていない。  それどころか、同性愛思想を持っているとバレたなら最後、人権を一時停止され残酷な“処罰”を下されることになる。早い話、殺されるか――強引に、異性との結婚を強要されるのだ。  確かに、昔から同性愛者は少数派として差別される傾向にあったという。だが、海外の一部の国では同性同士の結婚も許可されているし、同性愛者の権利保護を訴える動きも活発化してきて、人々は徐々に多種多様な性と恋愛の形を受け入れつつあったのだそうだ。それが、梓の祖母が子供の頃の話であるという。
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