宮宰コンラートによる回想

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宮宰コンラートによる回想

 歴史を顧みると、権力者たちがいとも容易く、残酷でにわかには信じられないような命令を発する場面にしばしば遭遇する。  私たちはそんな彼らを、血も涙もない、内的葛藤や苦悩もない、魔族以上に魔族的な人間であるとみなしがちである。彼らは数千、数万の人間の命を、あたかも食卓から食べ滓を落とすかのように、眉一つ動かすことなくこの世から抹殺するのだと。  しかし私は知っている。彼らもまた私たちと同じ人間であり、悩み苦しみつつ、命令を発したのだと。言いたくなかったことを言い、言いたかったことを言わないで、やりきれない懊悩のうちに彼らは生きていたのだと、私は知っている。  いや、彼らの全てがそうであったわけではないかもしれない。それは否定しない。  それでも、私が側近くお仕えしたオタカル王子は、決してそうではなかったと断言できる。  歴代のリヴシェ王国の統治者の中でも飛び抜けて冷酷無情で、厳格な法治主義者で、肉親すら利用するほどの策略家で、かくほどまでに味方からも敵からも怖れられ恨まれたことはないと言われているあのオタカル王子。あの方こそ、私の全身全霊を以てお仕えするにふさわしい方だった。  その日の早朝、私はあることを急報するべく、王子の寝室へ向かった。  一週間前、かねてより戦争状態にあった東方の魔族たちが大攻勢を発起し、私たち王国首脳部は不眠不休でその手当てに追われていた。  オタカル王子はこの難局に際して、迅速で的確な命令を出し続けた。母君譲りの美しい金髪と緑の目を持ちながら、生来病弱で背丈と筋肉に乏しく、肌は常に蒼ざめている王子だったが、断固たるその態度には目を見張るものがあった。ある連隊を捨て石にして戦線を整理することを命令した時は、涙ひとつ浮かべず、他のいかなる命令と同じ口調でそれを私に書き取らせたものだった。  ようやく一息つけるこの朝である。私はひりつくような喉の渇きを覚えながら、王子に言った。 「殿下、ユリウスが王城に出頭して参りました」  ちょうどその時、王子はカップを傾けて朝の茶を楽しんでいる最中だった。王子は一瞬手を止めたが、いつもの通りの冷静さを保ったまま答えた。 「ユリウスが? 亡霊ではないだろうな」 「著しく消耗しているとのことですが、確かに生きております」 「一人か?」 「ただ一人でございます。伴も連れず、ただ一人で城門に現れました」 「何と言っているのか?」 「殿下にお会いして話がしたいと。ただそれだけを訴えております」  ここまで話してから、王子は少し考えるような素振りを見せて、やや低い声で私に尋ねた。 「……聖女は、アネシュカはどうした」  私は、当然その問いがなされるであろうことを予想していたが、それでも声が掠れるのを抑えることができなかった。 「……姫殿下は、おられません。ユリウスも、そのことに関しては口を噤んでいて……」  王子はカップをそっと置いた。その微かな音が妙に私の耳に残った。 「とにかく、会おう。ユリウスは今どこにいる」 「ひとまず地下牢に収容しております。これよりお目見えの支度を整えさせるので、一時間後には連れて参ることができます……」 「いや、今から私が直接会いに行く。コンラート、お前もついて来い」  そう言って王子は立ち上がると、部屋着に上着を羽織っただけという簡素な服装のまま部屋を出た。王子の足取りは常と変わらぬはやさだったが、私にはどこか急いているようにも感じられた。  地下牢に向かう途中、王子はいつものように戦線について私に質問をした。 「シュマバ要塞はどうなった」 「依然、持ち堪えております。援軍の行軍も計画通りで、三日後には要塞外縁に到達するものと思われます」 「オロモウツの状況は」 「報告によりますと、魔族の火力魔法が特に熾烈を極めているようです。耐えかねて我が軍に脱走兵が出たとの報告が……」 「オロモウツにはさらに火砲を送ってやらねばなるまい。それから、脱走兵は全員処刑せよ」  なにも変わらない。王子は、表面的には、いつものままだ。峻厳なる統治者。それは別段不思議でない。  たとえ、今から会いに行くのがあのユリウスであっても、王子はなにも変わらない。  私などは、ユリウスという人物を考えるだけで、強い怒りと憎しみと、それと同じくらいの敬慕の念を覚えるというのに。  地下牢は暗く、湿っていた。突然の王子の来訪に衛兵たちは慌てたように威儀を正して敬礼したが、王子は軽く答礼して、奥へ奥へと進んで行った。  ユリウスは、地下牢の最奥、重犯罪者が収容される独居房の一遇でうなだれていた。 「ユリウス、久しいな」  王子は何ら気負うことなく、まるで旧知の親友に対するような、穏やかな口調で話しかけた。  問いかけにユリウスは、ビクリと体を震わせた。 「お、王子……で、殿下」  私はあまりにも変わり果てたユリウスの姿を、心のどこかで呆れながら見ていた。  見る者すべてを魅了する、あの男らしく英雄的な風貌はどこへ行ったのか、今は浮浪者のように窶れ、かつ垢に塗れて汚れている。気高い意志を有していたあの鷹のごとき目は白濁し、戦場においてどれほど魔族の矢弾と魔法に晒されても決して曲げることのなかった背は、ドブネズミのように卑屈な線を描いている。  だが王子は、見るも無残に落魄したユリウスの姿に気を取られることはないようだった。 「待て、かつては俺とお前で呼び合った仲ではないか。いまさら私の心証を良くしようと改まった言葉遣いをするのならば、私はお前に失望する」  思いがけぬ問いにユリウスは目を見開いた。深く息を吸い込むと、その吐息と共に言葉を漏らした。 「……殿下。いや、オタカル。ありがとう……」  王子は顔色ひとつ変えない。 「あれから何があったのか、話してくれないか。お前が出奔したあの時から、いったい何があったのかを」  ユリウスは、一つ大きな深呼吸をした。そして、存外スラスラと話し始めた。話し続けるうちに濁っていた目は輝き、背筋はしゃんと伸びていった。 「……俺は、あの日アネシュカと一緒に王城を密かに抜け出て、それから国境へ向かった。世間では俺が戦いに嫌気が差して、いつの間にか関係を持っていたアネシュカと共にどこかへ逃げ出したなどという噂があるが、そんなことは決してない。俺は魔族共と魔王を倒すための仲間を集めて、遠いルーシの魔王城へ向かったんだ」 「仲間は続々と集まった。剣技に長けたヤーヒム、元チュートン騎士団兵士長のクラーマー、治癒術に秀でた修道女マリアンヌ、槍の使い手ドラホミール……みんな素晴らしい仲間だった。立ち向かってくる魔族を倒し、いくつもの山と川と谷を越えて、時には三つの首と七本の尾を持つ黄金のドラゴンを倒し、地獄の番犬の群れを退けて、俺たちはルーシの魔王城、あの血で塗り込められた真紅の不夜城に乗り込んだ」 「俺たちは戦った。ヤーヒムとドラミホールを失いながら魔王の親衛隊を退け、魔族の新兵器の合成獣をクラーマーとマリアンヌを犠牲にしながらなんとか倒し、ついに魔王の玉座の間にまで到達した」  ユリウスの話は、にわかには信じがたいものだった。百年前、漆黒の瘴気を纏って忽然と現世に出現した魔王、その本拠地たる王城に、いくらアネシュカ姫が一緒だったとは言え、このユリウスは僅かな友と共に侵入し、魔王の喉首まで迫ったというのだ。 「俺とアネシュカは、力の限り戦った。魔王は一度刺されても死なず、二度首を跳ねられても死なず、三度胴を斬っても死ななかった。アネシュカの魔法も、四度奴を灰に変えたが、それでも奴は復活した。それでも俺は、最後まで戦うつもりだった。次第に魔王も力を失い、剣筋も衰え、勝機が見えた。だが……」  ユリウスは口ごもった。口に出すだけで死にそうになるほど辛いことを言い出すための決心、それがつくまで待っているようだった。  王子も私も、口を挟まなかった。彼の次の言葉を辛抱強く待った。  ややあって、ユリウスは口を開いた。 「魔王は禁術を用いて、別の形態へと変身した。理性のない、純粋な邪悪を体現した巨大な魔獣へと、魔王は姿を変えた。俺は奴の暴威に翻弄されて、体力も気力も消え果て、血を大量に失い、もはや奴の攻撃を受けることも避けることもできなくなった。その瞬間、アネシュカが俺の前に立って守ってくれた」 「アネシュカは魔力障壁を張りながら俺に言った。『ユリウス、あなたは逃げて、再起を図ってください。私がそのための時間を稼ぎます』と。俺が反問する間もなく、アネシュカは移動魔法を発動して俺を魔王城の外に逃した。俺はもう一度魔王城に乗り込もうとしたが、傷は重く、それに警戒もそれまでとは比べものにならないぐらい厳重になっていたから、断念せざるを得なかった。俺は飲まず食わずでルーシの大地を西へと戻り、ようやくこの王城に戻ってきたんだ……」  しばらくの間、沈黙が独居房を支配した。  私は、ユリウスの話をどう判じたものか、考えあぐねていた。  このユリウスという男、元は卑しい平民の出でありながら、類稀なる戦闘の才能と、なにより人々を惹きつける天与の資質を持ち、義勇軍を率いて颯爽と戦線に参加したことで一躍世に名を知られた者だ。五年前、王国軍主力が魔族の包囲を受けて壊滅の危機に瀕した時、ユリウスの義勇軍は敵の本営を奇襲し、逆転勝利の立役者となった。  次第にユリウスは「王国の勇者」と呼ばれるようになった。勇者ユリウスと、私もかつてはそう呼んだものだった。  オタカル王子とユリウスは、大の親友同士と言っても良かった。  王子は、緒戦で戦傷を負って人事不省となった国王の摂政として、混乱した王国をなんとか導いていこうと苦闘の日々を送っていた。強権的で、すべてにおいて国法を優先させる王子に対して、貴族たちは非協力的で、民衆も相次ぐ戦時増税と徴兵に反発を強めていた。  唯一の妹であるアネシュカ姫との不仲も、王子の孤立を深めた。私は二人が睦まじく会話をしているのを見たことがなかった。王子は聖女である妹君を戦意高揚の道具として利用し、妹君はそれに表立っては反抗しないものの、王子を訪問もしなければ手紙の一つも出さなかった。  そんな中で王子が出会ったのがユリウスだった。ユリウスはその英雄的な働きで民衆から圧倒的な人気があり、貴族たちもその軍才を目当てにユリウスに接近していたから、王子がユリウスとの関係を深めることは政治的に大いに利があったが、それ以上に、二人は人格的に互いを認め合っていた。  私は王子がユリウスを「生涯にただ一人だけ持つと言われている、運命的な親友」と評したのを知っているし、ユリウスが王子を「身分を超えた真の友情で繋がった仲」と語っていたのも知っている。私が直接聞いたからだ。  二人の仲は二年前のモラヴァ大会戦で最高潮に達し、それから急速に冷めた。  理由は、対魔王軍への方針を巡ってだった。人間世界の総力を結集してもなお魔王軍を撃滅することが叶わなかった以上、これからは内政により力を入れて戦力を蓄え、戦略を練り、兵器と戦術を改良してから戦いに臨むべきだと王子は考えた。  その王子にユリウスは反発した。ユリウスは、独裁的に法を制定し国政を運営する王子に何度も苦言を呈した。反対派を投獄し、時には追放までした王子に対して、ある日ユリウスは「お前こそが真の魔王だ!」と宴の最中、公衆の面前で叫んだ。明らかに二人の仲は冷え込んでいた。  その後で、ユリウスは出奔したのである。アネシュカ姫を連れて。  王族の略取は死罪である。聖女を我がものとすること、これも死罪である。ユリウスは勇者から一転、重罪犯となった。  ユリウスとアネシュカ姫の出奔事件を、貴族たちは大いに利用した。王子の権威を貶め、絶対支配に楔を打ち込むために。「臆病風に吹かれた勇者ユリウスと、王国の至宝たる聖女アネシュカは、人倫と正義を踏みにじり、人間世界を捨て、聖なる戦いから逃亡した」と。  王子も明らかに変わった。世間一般の見方とは異なり、実際はどんなに対立する相手であっても、まず言い分を聞き、話し合って、どうしようもなくなってから法的措置を採っていた王子であったが、ユリウスとアネシュカ姫が消えてからは、暗殺や処刑といった暗い手段を躊躇わなくなった。  常になく深酒をした王子が、ある晩ふと私に漏らしたことがある。 「……私はユリウスが憎い。アネシュカを連れ去ったあの男が憎い。もとより私とアネシュカとは仲が悪かった。私がどれほど優しい言葉をかけて、心を込めて贈り物をしても、アネシュカは笑顔一つ見せなかった。おそらくは貴族共が何か吹き込んでいたのだろう。私が国政を預かるようになってからは、会おうとさえしなくなった。私も私で、妹を聖女として利用した。道具として可能な限り利用した。恨まれて当然だろう。それでも私は妹を愛していた。どれほど嫌われていようとも、私は妹の幸せを祈っていた。聖女ではなく、肉親として彼女のことを大切にしていた……」 「だが、妹を奪ったことよりも、私に一言も言わずに去って行ったのがなにより憎い! 親友だと思っていたのに! 魂と魂で結ばれた友だと思っていたのに! 私ははじめ、例の噂などは信じていなかった。あの男に限ってそのようなことは決してないと。だが、最近では噂を信じるようになっている。その方が私の気が休まるからだ。そしてそのような弱さへと流れる私自身すら、私は憎い!」 「もしユリウスがもう一度私の前に現れることがあったら、私はこう言ってやるのだ、『お前を決して許しはしない』とな」  私もそれ以来、ユリウスを深く憎むようになった。誰よりも忠誠を誓い、身命を捧げてお仕えするこの方を、またこの方の純心でひたむきな心を、蹂躙した男であるユリウス。やつには煮えたぎった鉛を飲ませ、車裂きにしてやっても、なお足りない。  そう思っていたはずなのに、実際にユリウスを目の前にし、その語るところを聞くと、私は、怒りも憎しみも抱いていない私自身に気がついた。  ユリウスの話の真実性を保証するものは何もない。本当は魔王城になど行かず、ユリウスはアネシュカ姫とどこかに隠遁していて、なんらかの事情で生活に困窮し、今回こうして恥知らずにも王城へ助けを求めに来たのかもしれない。  だが、鉄棒の向こうで俯いているユリウスを見ると、そのような考えも自然と消えてしまうのだった。ユリウスという男は、憎んでも憎み足りない男ではあるが、しかし男の中の男だ。決して虚偽の供述をする男ではない。  それでも私は王子の側近である。王子の判断の材料を提供するのが私の役目である。  私はあえて冷淡な口調で、ユリウスに尋ねた。 「お前の話を信じるだけの証拠はどこにもない。ただお前だけがお前の話を信じている。何か証となるものがあれば、少しは信じられようが……」  ユリウスは私に微笑んだ。 「証拠ならある。この傷だ」  彼が薄汚れたシャツを捲ると、そこには腹部を横に走る醜い傷があった。黒く、無数の細い虫が蠢くように律動する、魔力の波動が感じられる傷跡。 「変身した魔王から受けた傷が、今も治ることなく疼いている。宮廷魔術師に鑑定させると良い。紛れもなく魔王による一撃の跡だと分かるだろう」  私は、王子の様子を伺った。この傷を見せられてなお怒りに燃えているのか、それとも侮蔑か、あるいは憐憫か?  数時間もすぎた気がしたが、実際には数分にも満たなかったのだろう。次に王子が発した言葉は、重々しく響いた。 「お前が敵の本拠地に乗り込み、魔王と剣を交えたことは信じよう。その傷が何よりの証拠だ。しかし、一つだけ聞く。聖女は、アネシュカはまだ魔王城にいるのだな? 人類の至宝にして切り札たる聖女は、まだ魔王城にいるのだな?」  ユリウスは力なく首を縦に振った。 「そうだ。彼女は魔王城にいる。おそらく囚われの身となって。アネシュカは決して自害はしないし、そもそも聖女の加護のせいで彼女に自害はできない。魔王も、彼女は殺さないだろう。戦いの最中でも、魔王はしきりとアネシュカに降るよう呼び掛けていた……」 「ではなぜお前は生きてここにいる、ユリウス! なぜお前だけが生き残った!」  王子の突然の怒声。今まで経験したことのない王子の激情の発露に直面して、私はその場にへたり込みそうになった。  ユリウスも、じっと口を噤んでいた。やがて彼は、意を決したように昂然と顔を上げた。 「オタカル、俺がここに来たのは、言い訳と命乞いをするためじゃない。俺は、アネシュカからの言葉を伝えに来たんだ」  ユリウスの思いがけぬ言葉に、王子は呆気に取られたようだった。 「妹が?」  私も意外に思った。あのアネシュカ姫に限って、王子へ特別に言い残すことがあろうとは、私には考えられなかった。  ユリウスは言った。 「俺を転移させる直前、アネシュカは言った。『兄様に、どうかお体を大切にしてくださいと伝えてください。今まで言えなかったけれど、私は兄様を深く愛しておりました』と」  それを聞いた瞬間、王子はグラリとよろめいた。私はすぐに王子の体を支えた。  王子は手を頭にやり、必死に目眩を抑え込んでいるようだった。肩で息をしている。やがて王子は、か細い声で言った。 「本当に、あのアネシュカが、そのようなことを言ったのか? この私に対して?」  ユリウスは力強く頷いた。 「そうだ。だからこそ、俺はここまで帰ってきた。アネシュカとの約束を果たすために」  続けて、ユリウスは言葉を紡いだ。 「弁明はした。アネシュカとの約束は果たした。オタカル、後はお前にすべて委ねる。俺はお前にすべて従おう」  私に支えられながら王子は、じっとユリウスを見つめた。  ユリウスは聖女を連れて王国を出奔した。これは紛れもない国家反逆罪であり、死罪である。しかしながらユリウスは、人類の怨敵である魔王を、失敗したとは言えあと一歩のところまで追い詰めた。これは紛れもない偉業である。  これを王子はどのように判断するのだろうか。許すのか、それとも許さないのか。かつてのように仲間としてユリウスを迎え入れ、今日からまた共に歩むのか、それとも統治者として彼を処刑場に引き摺り出し、錆びた斧で首を跳ねるのか。  私はその時、王子が握り拳をギュッと作ってはそれを解き、また作っているのに気付いた。  今この方の中では、相反する二つの言葉が鬩ぎ合っているに違いない。  一つの言いたい言葉と、もう一つの言いたい言葉。それを同時に言うことはできない。どちらかを言えば、残されたどちらかは永遠に「言えなかった言葉」として、精神の迷宮を彷徨うことになる。  息を呑んで、私はその瞬間を待った。  しばらくしてから、王子は呻くように言った。 「……ユリウスよ、王国の勇者よ。私はお前を許すわけにはいかない。王子として、この国を導く者として、国法を犯し聖女を連れ去ったお前を放免するわけにはいかない。私はこう言わなければならない、『お前を決して許しはしない』と」  王子は静かに独房に背を向けた。 「さらばだ、我が友」  去っていく私たちの足音が、地下牢全体にうつろに響いた。ふと顧みると、ユリウスは立ち上がって、私たちに首を垂れていた。
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