時間旅行の自己保存

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◆二〇四〇年・三月二六日  ようやく私の悲願が達成できる。手に入れたタイムマシンを前に、私はぞっとするような恐怖と高揚を覚えていた。私はこれを使って、自分の過ちを正すんだ。過ちを犯す前の自分を消し去るという方法で。  過去への干渉、しかも自分を殺すというアプローチ。それはタイムパラドックスを生むかもしれない。卵が先か、鶏が先なのか、そういう矛盾のような物が出るかもしれない。タイムマシンが完成して間もない今、それらの矛盾がどうなるかなんて世の中ではまだ解明されていない。それでもいい。私はもう、自分自身が赦せなくて赦せなくて、ずっと死にたいと思っていた。けれど普通に死んだところで過ちは過ちのままだ。どうせ死ぬならせめて有意義があるものにしたい。考えて導き出した結論は、過去の自分を殺す事。そうすれば起きた過ちは私の存在と共に無くなるだろう、と。 「どうだ志織。調達したタイムマシンは」 「最高。本っ当にありがとう真鍋」  真鍋は手入れをしていない顎ひげを撫でながら口角を釣り上げて、ニヤリ、という言葉が似合うような笑顔を浮かべた。  真鍋は私の協力者だ。研究者でありながら、はっきり言ってしまうと犯罪に手を染めているような、そんな人間で。私はコネの中から彼を多額の金で買収し、秘密裏にタイムマシンを貸してもらった。そうしないと一般人にはなかなか触ることができない代物だから。 「貸出期間は今日一日。操作方法については……まあ稀代の物理学者様なら問題ないよな?」  真鍋の笑顔が嫌なものに変わる。その声も雰囲気も、私への皮肉が込められている。 「……その呼び方、やめてくれる?私はただの……大罪人だから」 ◆二〇三八年・十二月二三日  それは一つの大きな過ち。  タイムマシンの理論が成立し、その実現に向けて次々と新しいテクノロジーが進められていた時期。私はそれに関係して、ある新しいエネルギー開発に取り組んでいた。私の他にも数人、同じような目的で別のエネルギー開発に取り組んでいた。言ってしまえばライバルであり、歴史に名を残せるかの競争であり、誰のエネルギーが採用されるのか、世間でも密かに話題となっていた。  私の理論は真空を利用し、無から有を生み出すという夢のエネルギー。理論を立てた私は第一人者として実験を繰り返し、実行に移し。トライアンドエラーを繰り返し、繰り返し。そうしてついにそれは実現した――実現したように、見えた。今思えば、あの時の私はなんと馬鹿で急いていたのだろう。  実験用の電球に光を灯せた時、私は心底舞い上がった。その光は無から有のエネルギーを生み出せた証明だったのだから。それは私の理論の証明に他ならなかったのだから。実験の成功を発表すれば、世間ではすぐに大騒ぎとなった。歴史上最高のエコエネルギー、全てのエネルギー問題に終止符、化石燃料など古代文明、新時代の幕開け、タイムマシン用のエネルギー競争に決着か……そんな風に取り上げられて、私はマスコミなどに引っ張り凧となった。テレビでもネットニュースでも取り上げられ、誰もが私を称えて褒めちぎった。そうなってしまえば人間は、愚かにも舞い上がってしまう生き物なのだろう。  私はすぐさま、このエネルギーを大規模開発できるようプロジェクトを進めた。発表した段階では電灯一つ点ける程度で精一杯だったからだ。これを実用段階まで持っていかなければいけない。  最終目標は世界全ての発電所をこの方法に切り替える事。そこに至るために乗り越えなければいけない目標は、タイムマシンへの採用。その時のタイムマシン理論では一人乗りでありながら、病院一つを問題なく動かせる程度の莫大なエネルギーが必要とされていた。つまり乗り物一つにその規模の自家発電システムを投入することになる。  私はタイムマシンの物理的な限界容量と必要な電力から逆算し、それを実現できる装置を作り上げた。電灯程度のエネルギーから突然タイムマシン規模へ。本当は少しずつ容量を増やし、実験を繰り返すべきだろう。けれどその時の私には絶対に失敗しないという確固たる自信があった。根拠など自分の知識に対する信頼。ただそれだけだった。その判断は、ただただ愚かだった。  実験は人里離れた田舎にある研究施設で、二〇三八年の十二月二十三日に行われる事になった。多少の爆発が起きた場合でもそこなら問題ないだろう。そう判断し、都心からは離れたところで行われた。対して私はその日、都内でテレビの生放送に出ていた。その時の私は上機嫌で、もうすぐ実験が成功する歴史的な瞬間ですよ、などと吹聴していた。司会も世俗も私を褒めたたえていた。歴史的瞬間を今か今かと待ち受けていた。  ――そうして実験が失敗し、半径五十キロメートルほどが一瞬で消し飛んだという悪魔のような現実は、私含めすぐさま全世界に知れ渡っていった。
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