時間旅行の自己保存

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◆二〇四〇年・三月二六日  精神的な物か機体の運動によるものか分からない。けれど凄まじい吐き気が私の体を侵して、いつの間に元の時間へ戻って来たのか分からなかった。胃の中がかき混ぜられる感覚と喉まで侵食する胸焼け。酩酊したように揺れる世界。いつまでも私の亡霊が私の背に張り付いて、後ろへ引き剥がそうと引っ張っている。肉体から手放されそうになる意識が手放されないよう、それでも必死に現実に食らいつき、酔い回る世界に耐えて。体を丸めて。震えて。ようやく収まって時間を見れば、およそ十分ぐらい経っていた。胸焼けと食道に不快感を覚えながらも震える体でコックピットを開く。 「おお、出てきた。てっきり中で死んで……」  開けて真っ先に認識したのは、そうして息を呑んだ真鍋の声。人としての尊厳を捨てて這いずり回りたい気持ちを抑えながら、なんとか二本の足で部屋に降り立つ。視界を上げれば、真鍋がこちらを見て絶句していた。その視線を追って自分自身の体を見て、ああ、と、納得する。簡易的なタイムマシン用のスーツにも隠せない、返り血を浴びた服。手。そして恐らく、鏡がないと正確には確認できないが、顔にも付いているのだろう。 「お前……殺したのか?本当に?」  あり得ない。そう言いたげな真鍋の言葉に、私は静かに頷いて、一つの確認をする。 「……今は?」 「今?」 「今は、変わった?」  そうだ。あの時から未来が変わった、今から見たら過去が変わったはずの今を確認しにきたのだ。変わっているなら私が生きているのはおかしいけれども、きっと変わっているはずだろう。変わって、いるはずだろう。 「……いや」  変わって、 「ちょっと確認する」  変わって、いるはずだ。 「おい、過去のニュースを出してくれ」  変わっていなかったら、 「…………」  変わっていなかったら、私がした事は? 「………………………………」  さっき私がした事は、一体なんなんだ? 「……志織」  私が殺した私は、 「変わってない」  私が手を汚した意味は、 「何も変わってない」  わたしが 「お前が実験に失敗したこと。それによって何千万人もの死傷者を出したこと。それは無かったことになっていない」  わたしがおかした、罪は? 「過去は変わっていない」 「そ、」  そんな 「そんなわけ、そんなわけない! 私は確かに私を……っ!」 「現実を見ろ」  真鍋が私の前に画面を突きつける。そこには過去のニュース履歴があった。文字が羅列している。 [二〇三八年・十二月二十三日。日本半壊。原因は悪魔のエネルギー]  二〇三八年・十二月二十三日の午後二時頃、日本が震撼し、東北地方を中心に日本の三分の一が壊滅した。この悪魔のような出来事の原因は、物理学者・六川志織(むかわしおり)による実験の嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ  気がつけば私はタイムマシンに飛び乗っていた。真鍋が何か言っているが、それは言葉としての意味を捉えられない雑音だった。その雑音もタイムマシンの分厚い扉に遮られて聞こえなくなる。世界が静かになる。私は時間座標のパネルを操作する。ああそうだきっと遅すぎたんだ誰かが理論を引き継いでしまったんだもっと早く若い私を殺すしかない。もっと若い私を。もっと。もっともっともっと。もっと前のわたしを。わたしを。 ◆二〇三三年・八月六日  首を締めた後に腹を裂いた。この私は確実に絶命した。けれど何も変わらない。 ◆二〇三三年・四月二九日  拳銃で撃った。絶命した後、念のために至近距離で脳天にも撃ち込んだ。けれど何も変わらない。 ◆二〇三二年・十月二五日  暗がりに連れ込んで頭を砕いた後、頭部に硫酸を注いだ。けれど何も変わらない。 ◆二〇三一年・二月十一日  初心に戻って刺して殺した。けれど何も変わらない。 ◆二〇三〇年・五月八日  レンタカーで轢き殺した。その頭を磨り潰した。何も変わらない。 ◆二〇二九年・九月十日  ガソリンで燃やした。何も変わらない。 ◆二〇二六年・七月二八日  沈めた。何も変わらない。 ◆二〇二五年・十一月十五日  殺した。変わらない。 ◆二〇二一年・一月二二日  変わらない。 ◆二〇二〇年・三月三日  かわらない。
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