其の三 サル山事情

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計俊坊は、わざとらしいほど大きな溜め息をつくと、書き付けを御簾の前まで運んだ。 それを、控えていた制多迦(せいたか)童子が受け取り、御簾の中の飯綱大権現に渡す。 大天狗らは、御簾の内にいる大権現と直接対面することも何かをやりとりすることも許されていなかった。 誰もが口を閉じ、静かに大権現の言葉を待つ。 紙をめくるささやかな音だけが、時折彼らの耳に届いた。 「私からも一つ提案してもいいだろうか。」 やがて聞こえてきた声は、非常に楽しそうだった。 大権現の言葉に否やを唱える大天狗などいるはずもない。 八人の大天狗は皆、大権現の提案を命令として受けるべく、その場で頭を垂れた。 「お休み処という気安さに反し、サル園という名称では天狗は寄りつけないではないか。株式会社として機能し始めたはいいが、そろそろ同じことの繰り返しで気が塞ぐものもいよう。」 「おそれながら、我らは常に天狗としてのお役目を日々果たすために大権現様にお仕えするもの。それのみと申し上げても過言ではないかと。」 故に、同じことの繰り返しで気が塞ぐとか飽くとか、そのようなことのあるはずがと、智多勝が主張する。 他の大天狗たちもその通りでございますと言いたげな中、華煌は一見神妙に頭を垂れたまま、智多勝の言葉を遮った。 「その大権現様のご命令であれば、我ら全身全霊をもって従う所存にございます。」
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