本戦

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 選手たちは死力を尽くし、加護を限界まで絞り切っていた。的の距離が250mまで伸びたときには、多くの選手が的を外し歩くのがやっとという様子で会場に設置された白いテントに運び込まれていく。テントには緑十字の旗が掲げられている。それを見たケイトは工事現場のように感じていたが、すぐに医務室だと理解した。ケイトはミーナから聞いた加護の使い過ぎは命を削るという意味がわかった気がした。 da672871-c7b8-47f7-bd20-9440b42c0bdd  的の距離が260mまで伸びたときには、城下のエリアル、領外のアメリア、東地区のイルハンの3名となっていた。どの選手も疲れた表情を隠せないでいる。伸びる距離、衰える加護の力。ケイトは人の域を超えた試合を外から眺めているとあることに気づいた。シューターと呼ばれる花形の選手よりも、距離が伸びるとフォロワーの力が圧倒的に重要になってくる。二人のチームワーク、呼吸、風の流れ。今、目の前に残っている選手は数日でできたチームではないのは間違いなかった。  エリアルの光が弱くなりながらも260mの距離を当てていた。列に戻るときエリアルのフォロワーのフードが風で揺れ、顔に一瞬光が当たる。顔は艶のある毛に覆われており、大きな瞳が光った。ケイトはその一瞬を見ても何も思わなかったが、ミーナは驚いた顔をしていた。 「ケイト。今の見たか?」  ミーナは目を見開いたままケイトに話しかける。ケイトが頷くと、ミーナは城下のエルフが獣族と組むのは珍しいと囁いた。ケイトはエルフ領は多民族と聞いていたことと、ミーナの発言から種族による差別意識を強く感じる者がいるのだと再認識した。エリアルのフォロワーは二人の視線に気づいたのかフードを深くかぶり直し、俯いたままラインの位置から離れていく。  アメリアがエリアルと位置を代わると、深呼吸してから矢を放った。相変わらず優しい軌道だったが明らかに初速が遅いのがわかる。フォロワーの有効範囲も200mが限界のようだった。彼女の矢は的に届かず地面に落ちる。アメリアは唇を噛むと視線を的から外し、フォロワーと軽く握手を交わした。彼女の瞳には悔しさの色が伺える。列を離れるとスタッフのエルフと今後の予定を話すと、門の方へ歩き出した。途中、ケイトとミーナの横を通り掛かると彼女は二人に話しかけた。 「次はお城で会いましょうね」  彼女はそう言うと二人から離れた席にフォロワーと座った。近くのエルフが10位までの入賞者は城内にて後日授与式があると教えてくれる。今日は簡易的な表彰式もあるから残っていて下さいね。とスタッフは付け加えてくれた。二人は結局アメリアが何者なのかわからないままだった。アメリアの青い瞳が残った二人の選手に注がれている。  ケイトも視線を選手の方に向けると、東地区のイルハンが弓を引いていた。彼の加護の光はごく僅かだったが力強い矢が放たれる。フォロワーの加護の光は複雑な風を制しきれずに矢を的に届けることができなかった。矢は的の左翼を超え10m程過ぎたあたりで芝生の上を滑るようにして止まった。この瞬間にエリアルの優勝が決まった。会場からは惜しみない拍手が送られていた。ケイトとミーナも自然と拍手を送っていた。  イルハンがフォロワーと握手をすると、エリアルに歩み寄り手を差し出した。二人は握手を交わすとスタッフのエルフがエリアルに近づき表彰式の説明をしているようだった。ここでも大きく褒め称えられるのは一位の選手だけのようだった。イルハンはエリアルから離れて受付本部に向かっていた。ケイトは空に目をやる。太陽が山の稜線に近づき空が赤く色づき始めている。昨日ミーナと観客席から見た景色が蘇るようだった。ケイトがまた観客席に行ってみようとミーナに話しかけようとした時、何かの衝撃で地面が大きく揺れ大きな鳴き声が空気を震わせた。その声は太く低く、正に怪物を想像させる声だった。  的の置いてある芝生から火柱が上がり煙の中に大きな姿が隠れているのが見える。その影の怪物はもう一度大きく咆哮を上げると閉じていた翼を大きく広げた。その翼の起こした風で煙の中から姿を覗かせる。ミーナは手を強く握ったまま立ち上がると怪物をじっと見つめていた。会場からは驚きと悲鳴が聞こえる。ミーナはその名を呟くとの眉間に力を入れた。 「サラマンドラ」  会場と空が紅く染まっていく。  
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