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「俺は次の仮説を立てる。彼女は地球人じゃなくて、それ以外の外来生物だ」
メイズが訝しげに目を遣った。
「それはありえないですよ。この星の文化として昔から外来生物の存在について示唆する資料やメディアの発表記録は残っていますが、そのすべてが空振りで終わっている。挙句の果てにはプロパガンダの道具と化している側面さえあるんですよ。必要最低限以上の文化レベルを持っているはずのこの星に地球外生物がいたら、既に公式な記録が存在するはずです。彼女はれっきとした地球人です」
「背中に目があるという言述についてはどう説明する? 同じ種族なのに体の機能に統一性がないというのか」
「個体差でしかないでしょう」メイズは五眼用の眼鏡を長細い指先で持ち直すと、手元のキーボードをたたき始めた。連動するようにいくつものモニターに文字列が羅列されはじめ、縮小月の周りを流れる雲流の制御を始めたようだ。
「それで、彼女をどうするつもりだ」
「この研究で気を付けなればいけないのは、彼女が自分自身を実験台だと悟らないことです。それではこの研究の意味がなくなる。恐らく精神に異常をきたし、引き出せるものが引き出せなくなってしまう。この再現された街はずっと夜のままで維持することにします。必要に応じて、彼女の記憶もリセットしましょう」
仮に自分が彼女と同じ立場であったなら、と想像すると肝が冷えてしまう。明日が訪れることを期待しているのに、その明日がいつまでも訪れないのだ。終わらない結末を、終わるまで待ち続ける。ある種、生きているという意味を別の言葉に形容した時に思い当たる答えのようだ。地球人という存在を紐解こうと躍起になる私たちもまた、同じ境遇の生き物であるのかもしれない。
「次の調査では、その坂本さんとやらの情報が見つかるといいな」
「それは我々の研究の為ですか、彼女を思ってですか」
「どっちだろうな」
部屋の隅に透明迷彩で隠された隠しカメラからその映像を見ているが、アランと呼ばれる虹鮭はその存在を認知しているような気がした。映像越しに私と目が合った。しかし直後に虹鮭は視線をそらして、口から空気の塊をコポリと漏らして回遊のルートに戻っていった。
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