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玄関と一体の固形水幕カーテンをくぐればたちまち肺呼吸は不可能となり、水より軽い人体はテルテル坊主が如く天井材に吸い寄せられてしまう。ダイバー装備が必要だと何度言い聞かせても「いやいや、絶対要らないでしょうそんなの」と坂本さんは猫みたいな目を細めてコロコロと笑ってばかりなのだ。
だから、絶対に部屋に招くことはできない。
坂本さんは「ミディさんの故郷ってなんていう国なの?」と初対面のころから詰め寄ってくるが、それは私の青緑の瞳や極端に白い地毛に対して興味を持ってのことだろう。
後になって知ったのだが、生まれつき青緑の瞳や純白の毛を持つ民族はこの惑星に存在していないようだった。私はその度に「遠い国」や「知らないところだよ」とあながち間違いではない言葉で場を濁してきた。
「アラン」球の空気が首と顎骨の境い目から浮かんだ。八の字に開くエラをマフラーやネックウォーマーで難なく隠せるので冬は好きだった。坂本さんは「講堂内くらい脱いだらどうなの」とケタケタ笑うのだが。白い歯が脳裏をチラついて消えた。
「そろそろ、この生活に疲れてきたかもしれない」
雑貨屋で売っている抱き枕くらいの全長を誇る虹鮭は私に視界をやることもなく、紫色の水槽の中を我が物顔で泳いでいた。採光の角度によってモノクロにもビビッドカラーにも色調を変化させる鱗は、本日はアメジスト色の模様。アンダーレールに取り付けられたグレネードランチャーみたいに大きく突き出た下あごのせいで、彼は真正面を向くと相手を常に見下しているような表情をしている。
小さく口を開けて、コポポ、と息を吹いた。
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