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坂本さんに初めて出会ったときを思い出す。
あれは入学式の直後だった。印刷された配布資料の文面の一部が、脱字のせいで椎名林檎の曲名みたいになっていると、隣の席の私を肘でつついてきたのだ。ショートボブと呼ばれる髪型の向こうから、全く想定外の慣れ慣れしさを伴わせて。当の私は椎名林檎という単語にまったくピンとこず、地球人の食べ物、リンゴの銘柄だとさえ思った。
今ならわかる。
残念ながら彼女から借りたCDを部屋に入れることはできないので郵便ポストに入れて一度も聴かずに帰してしまったのだが。いや、借りたつもりもなく彼女が半ば無理やり私のバッグに詰め込んできたのだ。それなのに、CDを聴かなかった事実を偽って「よかった」と感想を述べた時、私の心の奥底には得も言われぬ痛みが心臓に残った。今になってもそのことを思い出せば、痛覚はしっかりと機能した。
「ああ、どうしたらいいんだろう。言おうか、言うまいか。なんて簡単なことで迷っているのかしら。私らしくもない」
彼女と過ごした時間が、とても尊くて輝かしいものに思えた。取り換えがきかなくて、構造裏に仕組まれた鉄骨や論理が必要ないような。心から気の赦せあう仲という存在に強くあこがれていたから、私は坂本さんに対して強い反発心を抱いたりしないのだろう。
「ねぇアラン。何か良い方法はないのかしら」
「では、こうしてみたらどうだ」
アランは体を翻らせて、顎の先でカーテンを開いた。冬の夜は快晴で、天気予報ではとうに雪が降っている筈だったのだが、そんな気配は認められなかった。満天の星空が視界を埋め尽くし、冬の大三角形はどれだっけか、私の母星のある方向さえも見失ってしまった。
隣に寄り添って、アランが言う。
「明日の朝が晴れならばその秘密を坂本さんとやらに打ち明けるがいい。もしも晴れでないなら、今の関係を維持してこのまま生きていいけばいい。どちらもお前にとって手放しがたいものなのだろう? であれば、時には私たち以外の存在に身をゆだねてみるのも良いかもしれぬ」
そういった信仰を持っていることも学んだ。おみくじや占い、存在の有無は別として地球人は神やお天道様といったものに自分の運命の是非を託す。責任を押し付けたのが自分であるにも関わらず、思うような結果をもたらさなかった場合その信仰対象を強く非難する人間さえいる。反面、何かしらの成果を上げると「神様は本当にいたのだ」と初めて存在を認知される場合もある。
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