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本編
紫の水道水で満たされた室内にて、冥王星産の虹鮭がミラーボールのような光を反射させながら回遊している。
まずはここから謝らないといけない。
坂本さんは私の部屋を窓から見ると「ミディさんって魚を飼育しているんだね。それもすっごく大きい」と指をさしたが、それは事実だ。言葉を前にした私は気が動転していて、そんなものはいない、と不自然なくらい語調を強めて彼女の発言を否定した。
こちらに移住する前に持ち寄せた、なけなしの普遍性を維持するために振りかざした糾弾の傷跡が、痛覚を伴って心臓奥深くにまで刺さっていた。返し針が痛くて、引き抜こうとすれば思わず胸を押さえて悶えてしまう。
その日から、カーテンを一度たりとも開いたことはない。
窓の外から月光が穏やかに室内に光を差し込んでいるが、それに救われたとも救われたいとも思ったことはない。ただ、月の光が届いているだけだ。ロマンチズムを微塵も感じることはないが、そこに風流を感じるこの星の人間の感性は嫌いではない。
私の素性について赤裸々に打ち明けることが叶ったならどれだけ救われたか。しかし、その機会が訪れることは二度とない。だから私は部屋の隅で膝を抱えている。理由があった。
私のためだけに誂えられた角部屋のワンルームマンションに、いわゆる「地球人」が足を踏み入れることは許されない。厳密には長居ができないようになっている。
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