私の恋を手にするときは

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「えっ、車の免許持ってないの?」  ブライダルルームに、春奈さんの高い声が反響した。春奈さんはくるんとした大きな目をもっと大きくして、鏡越しに私を見た。春奈さんは私よりひとつ年上の二十八歳だけれど、二十歳(はたち)だと言われても信じてしまうくらいに可愛らしい顔立ちをしている。なんか、成人式の打ち合わせって感じもするなぁ、なんて思いながら、「そうなんです」と答えた。 「大体みんな、高校が自由登校になったら免許取るじゃないですか。でも私、誕生日が四月一日なんです」 「ああ、十八にならないと免許取れないから」  春奈さんは納得だという表情で頷いた。 「専門学校の間に取るつもりではいたんですけど、この辺、市電で動き回れるじゃないですか。別に不便さも感じなかったから、結局、ずるずる教習所に行かなくって。就職したら忙しくなったし……」 「そっか。だから買い物とかは、凌一と一緒に行ってるんだね」  何気ないような春奈さんの言葉に、どきっとした。「すみません、足に使っちゃってます」と冗談めかして答えながら、首の後ろに冷たい汗がにじんだ気がした。 「全然いいよ。じゃあ、本番、よろしくお願いします」  春奈さんは何の含みも感じられない笑顔でそう言って、椅子から立ち上がった。さっぱりとした話し方は、「写真だけでいいよ。結婚式より、もっと実用的なことに百万使いたい」という言葉が、いかにも似合うなぁと思った。鏡の前のテーブル上にあるのは、ブライダル用のヘアカタログやウェディング雑誌。けっして、成人式なんかじゃない。
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