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私が大学生になった頃、祖母の認知症は段々と進行していた。
遊びに行っても孫である私の名前がなかなか出てこない。
祖父に促されてやっと私の名前を呼んでくれる。
私はよく、母の妹である叔母の名前で呼ばれた。
その度に祖父が祖母を怒るのだ。
大学を卒業する頃になるとますます認知症の症状は酷くなっていた。
一番ショックだったのは、長年連れ添った祖父のことすら認識できなくなっていたことだ。
当然、孫である私のこともわからない。
険しい表情が増え、いつも不機嫌そうにしていた。
そしてもうひとつ。徘徊が始まった。
ふとした隙に家を出て、歩き回る。
歩いていく方角はまちまちで、毎回違う場所で発見されるのだ。
親戚一同、総出で祖母を捜索することが何度かあった。
祖母宅から十キロメートルほど離れたところを歩いていたりもしたらしい。
そんな事が続き、自宅での生活が困難になった。
認知症の症状が出始め、少しした頃からデイサービスの利用をしていた祖母。
そのデイサービスを運営する特別養護老人ホームに入居することになった。
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