生涯の不覚

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生涯の不覚

 佐竹が所属していたのは寒椿高校の男声合唱部。男声合唱部は全国的に見ても少数派なのだが、繊細なハーモニーを力強く歌い上げるその独特な演奏はコアなファンを引きつける強い魅力を備えている。しかし、佐竹にとって男声合唱をやっていたことはもうすでに消したい過去となっていた。 「男しかいない環境で、他校の女子高生との交流のチャンスがあるのはウチくらいだよ」 「野球部に比べたら練習時間は半分くらいだよ。だから勉強との両立はできるよ」 「仮入部、って形にもできるから、とりあえずコレ書いてよ。軽い気持ちで大丈夫だからさ」  このような美辞麗句を並べた勧誘に乗せられて放課後の音楽室の門を叩いたことを、佐竹は今でも後悔している。人気がある部活は、そこまで必死な勧誘活動はしないもので、ここまでして部員を取りたいのには裏があるのが当たり前なのだ。そこに気づけなかった自身を佐竹は今も責めていた。しかしそればかりではない。 「辞めます」  この一言が言えずに3年間、部活を続けてしまったことを佐竹は深く恥じていた。合唱部の最後の大会は11月。つまり引退時期はセンター試験2ヶ月前の11月まで訪れないのだ。練習時間もあくまで「野球部の約半分」で、平日は19時まで練習ということはザラだし、土日も当然休みはない。好きでもない部活に時間を削られ続け、プライベートはおろかしまいには大学受験にまでしわ寄せが行く。嫌われる勇気を持てずにそうした道を選んでしまう悪い癖はこのときにできたのだと佐竹は確信していた。  大学を卒業して大手飲食チェーン店の社員になったはいいものの、激務が祟って5年もしないうちに体調を崩した。ドクターストップがかかり、数年もの間仕事ができない日々が続いた。ようやく社会に復帰できるとなったときにはもう30半ば。履歴書に書かれない数年の空白は大きく、勤められる仕事は派遣くらいしか残されていなかった。  思い出したくもない部活  会ったら惨めになるだけの同期  佐竹は再び頭を悩ませた。 ーーどうやって断ろう?
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