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プロローグ
初めて人を殺した。
バタフライナイフで切り捨てたその首元からは、今もその紅が絶えず流れ続けている。音もなく流れ続ける液体はやがて到達するべくして服の中、下腹部へと移る。それを見届け、ようやく僕はその右手に握りしめていたナイフを地面に落とした。
ガラン、と、つまらない音が聞こえた。
刃の先から落ちたそれを見下す。赤黒い血痕に塗れた刃先は汚らわしく、紛れもない殺害の証を魅せつけていた。
───そう、人を殺めた動かぬ証拠。
憎んでいた。嫌いだった。いや、そんな単純明快な感情などでは、断じてなかった。目から血が溢れ返るほど、憎悪で身が焼かれるほど、痛みに喘ぎ散らすほどに、僕はこいつが恨めしかった。狂おしいほどに。
負の感情が人間の持つ当たり前の武器なら、僕は間違いなくその美酒に酔っていたのだ。
炯々しい光を放っていたナイフも、今では転げ落ち歪んだ色に染まっている。それをもう一度だけ、力を振り絞ってなんとか拾い上げた。そうしてそれをゆっくりと自分の額に当て、瞼を閉じる───。
懺悔?そんなわけはない。僕はやり遂げたことに誇りすら抱いているのだ。じゃあ、これは……?少し考えて、ようやく自身の行動に理解を示した。
これは、達成感だ。
「───」
夢を叶えた実感を胸に、僕は再び瞳を開く。今では視覚も、聴覚も、味覚も、嗅覚も、触感も、なにもかもが研ぎ澄まされていた。それはまだ続けられていたのだ。こうして殺人という大それたことを終えた後でも、まだ。
「あ、はは」
そうして僕は、笑い出す。壊れた人形に電源を入れたかのように。ボロボロでも、ズタズタでも、それでも笑った。
達成感に満ちて、狂いながら、空に笑った。
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