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第1話 後の祭り
「今日で皆さんは卒業です」
担任の声に、誰もが耳を傾けて向き合う。教室の窓は解放され、たまに吹く風が椅子に座る生徒達の髪を撫でた。
今日は中学校の卒業式。そして今は、それを終えて戻ってきた彼らへの、教室で行われる最後のホームルームの時間だった。
後ろでは保護者が並び、ある人間はハンカチで目元を拭い、またある人間は我が子をその眼で見据え堂々としていた。そんな構成をしていた教室の一番前にて、先生は高々とした声色で話を続ける。
「先生は、この学校というのは『小さな社会』だと思っています。縮図、と言ってもいいかもしれません。将来君達が社会に飛び立ったときに、必ず役に立つように設計された、練習の場所」
そんな話を、僕はどこか投げやりに聴いていた。真剣に聴くつもりなどなかったのだ。だがこうも教室全体が静かだと、嫌でも彼の話が耳に入ってくるのだから仕方がない。諦めをつけ始める。
「コミュニケーションを取れるように、何かに真剣に打ち込めるように、友人を作れるように……人によって得たいと思うものは違うと思います。またスキルアップの仕方も多種多様ですね。その方法を模索し、自分なりに物事を解決していくのが大人への第一歩だと思います」
いかにも卒業式らしい言葉を次々に並べ、先生は微笑む。ここは社会に馴染むための練習場だとか、スキルアップがどうとか、そんなことを真剣に聴いている人間などいるのだろうか。少なくとも、見渡す限りは誰もが真剣に聴いているように見える。見えるだけだ。本質を見据えて耳を傾けている、そんな勤勉を極めた人間などいるはずもないだろう。
「その大人への一歩は、次の高校でも行われることでしょう。今日で皆さんはそれぞれの道に分かれることにはなりますが、先生は期待しています。皆さんが、立派な大人を目指せるよう、いつまでも」
ありきたりだった。いや、それ以上に滑稽ささえも感じられてしまう。思わず鼻で笑ってしまうくらいのその安い言葉の応酬は、共感性羞恥を抱きかねないほどだ。
「では短いですが、これで先生の話は終わります。……今日まで本当に、ありがとう。そして、頑張ってください」
パチパチパチ……パチパチパチと、簡素な拍手の乾いた音が聞こえた。後ろの保護者達のものだった。それを手本にするかのように、生徒の彼らも同じように手を叩く。
拍手の合唱に飲み込まれた空間。その大海原の中央で、僕はその音達に急かされる。同じように拍手をしろと、強制されているみたいだ。なるほどと僕は一人頷く。これが先生の言う、社会に馴染むための練習……というわけか。甚だおかしい。それを話した直後に実践に移させているのだから、先生はやっぱり策士だった。それも、自覚があるのかないのかわからない、最後の最後まで、掴みどころのない人間だった。
しかし僕が手を叩こうとした矢先に、その雨はやんでいた。だからやはりバカバカしくなって、僕は取り出した両手をすぐに仕舞う。拍手を終えた教室全体を眺め、最後に先生は言った。
「卒業おめでとう」
それで全部終わりだった。つまらない学校生活の、全部が。本当にあっけない幕切れだ。むしろ可笑しいほどに、本当に。
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