第3話 復讐

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第3話 復讐

風に髪を躍らせ、待ち続ける。三月の肌寒い冷気に身を委ねて立ち尽くしていると、さらに冷静に、クールになれた気がした。 そうして三十分ほどが経った頃だろうか、やがて屋上のドアが開かれる。その人物が羽鳥であるという確信は、今確立された。 その正解を知らせるように、彼はその顔を覗かせる。 「こんなとこに呼び出して何の用だよ。あんなふざけた文章で喧嘩売りにきやがって」 そいつは聞き慣れた重低音の声で威圧をかけると、僕を睨みつけ笑った。 まったく変わらない、毒蛇の表情。今も昔もそうだった。相変わらず見ているだけで鬱になる表情をしている羽鳥を真っ直ぐに見据える。そうして一言、 「ちょっと話がしたくてさ」 それだけを告げて向き合った。 「話?そんなもん俺が聞くと思うか?」 「思ってないよ。だから」 「あ?」 そこで僕は懐から拳銃を取り出し、羽鳥に向かって突きつけた。遠距離から見た羽鳥からすれば、無論こんなのは玩具にしか見えないだろう。だがこれは間違いない、本物の拳銃だ。実弾に命中すれば簡単に命なんて奪える、それくらいのものなんだ。 「っは?その歳になってモデルガンとか、お前の精神年齢いくつだよ」 「僕も最初はそう思ったよ。こいつを確かめるまではね」 「は?」 拳銃を下に降ろしてから、僕は羽鳥の右脚に狙いを定める。そして容赦なくその引き金を───引いた。 ───ゴォン!と、甲高い音が響き渡る。すると反動がきたのか、僕の拳銃を持つ右手は震え、思わずそれを落としそうになった。だがそれよりも、目の前の羽鳥を眺めてみる。 「……んだよ、これ」 彼は自分の右脚を見つめ、驚愕に眼を見開いてからズサリとその場に蹲る。その撃たれた箇所からはみるみると紅色の血が流れ、そうして数秒の後、羽鳥は痛みに喘ぎ散らし叫ぶ。 「っぁああ!いってぇ!んだよ、なんなんだよ、ふざけんな!ふざっけんな!」 「うるさいな。ちょっと動きを封じただけだって」 「ぐっ、てめぇ……!なんでマジの銃なんか……!」 「今はそれに答えてる時間もないから。割愛するよ」 そうして座り込む羽鳥の後ろに回り込み、屋上の鍵を閉める。これで少しは時間も稼げるはずだ。銃声を銃声だと気づいた大人、外部の人間に干渉されては、こいつへの復讐も叶わない。 「お前、こんなことしてタダで済むと思ってんのかよ!俺がこのまま警察に駆け込めば、お前はすぐに───」 「このまま警察に行かせると思う?どこまでメルヘン思考なんだよ。……お前は殺す。僕の手で」 「……!」 そうして拳銃をこめかみに突きつけ、僕は恐怖に歪む羽鳥の顔色を楽しんだ。あっさりと殺してもつまらない。ここはゆっくりと調理してやる。 「……ちょっと、話をしようか」 「……っはぁ、はぁ!話、だぁ?ふざけんな、誰がそんなこと───」 「拒否権なんて与えないよ。いいから最後の時間をおとなしく楽しめって」 拳銃を仕舞い、僕は夕焼けを眺めてから続けた。 「結局僕とお前が同じクラスだったのは、この三年間で一年の頃だけだったね。あの頃は部活が本格的に始まってたから、周りの奴らもその話題で持ち切りだったのはよく覚えてるよ」 「───」 おとなしくなった羽鳥は、そのまま耳を傾けていた。本当はそんなことしたくないはずだろうに、だが今の羽鳥は無力だ。 「結局、僕はテニス部をすぐに辞めた。原因はわかってるんだろ?なあ、犯人さん」 「……」 「おい、答えろよ」 ガツン!と羽鳥の頭部を拳銃で殴りつける。すると羽鳥は苦悶の表情を見せ、静かに答えた。 「……お前は俺に、反省の弁でも述べさせてぇのかよ?」 「別にそんなことじゃない。だから言ってんじゃん、話をしようって。聞こえなかった?」 「───クソッ」 やっと諦めがついたのか、羽鳥はその後黙り込む。そうして口をついて出た言葉は、予想通りのものだった。 「……お前が両脚を壊したのは、俺のせいだって言いてぇんだろ」 「当然だね。実際、その通りだから」 「ははっ、そうかよ……。それなら良かったよ、目障りなお前があの部活から消えてくれてさ───ぐぁあっ!?」 「生意気なことを言える余裕があることは、素直に賞賛するよ」 その頬を拳銃で横殴りする。どうやらこれは、鈍器としても使えるらしい。間違えて引き金を引かないように、そこには触れないようにするが。 「新人大会に選ばれなかったことが、そんなに悔しかったのかな。……ああ違うか、お前が一番嫌だったのは、自分じゃなくて僕が選ばれたことへの劣等感───そうだよね?」 「……っ、くそ!」 「肯定かな。まあわかってはいたけどね。単細胞みたいな考え方は、昔から変わってないみたいで安心したよ」 「……んだと」 虎の尾を踏んだのか、羽鳥はこちらをギロリと睨みつける。だが、そんな威圧にも今日は、今日だけは屈しない。もうこいつの手の内には、踊らされない───。 「嫉妬こそが人間の持つ一番汚い感情だ。それは善悪どちらにも転べるし、その人間を良くも悪くもする。……そしてお前は、僕を壊していった」 羽鳥皓大はその感情を、負のままに振りかざし、僕を徹底的に追い詰めた。 ───なんでお前が、どうして俺じゃなく、選ばれるのは俺のはずだ、こんな奴には負けたくない、ふざけるな、間違ってる、こんなのはおかしい、 「耳を澄ませば聞こえてくるよ。お前から放たれる、憎悪の言葉の、声の数々が。やっぱりお前は嫉妬の暴徒だ。そして僕は、その被害者にされたんだ」 「……」 「何か言いたいことはある?」 「……ふ、くく!」 羽鳥は一転変わって笑い出す。だが静かに燃え始めた蝋燭の火が、一気に加熱し爆発するように、次はもっと大きく、壊れ始める。 「あは……ははははっ!そうだよ、俺はお前に嫉妬したんだ!何もできない、昔っから一人じゃなんにもできなかった弱いお前が!俺を通り越して他人から選ばれることに!俺はそのとき初めて、殺意を抱いた───!そんなの当然だろうが!何が悪い!?」 「開き直るんだ。まあ、そうだよね。今さらなんとも思わないよ。でもさ、」 拳銃を構え、威嚇する。 「───僕はあのとき、確かにんだ」 「───」 「人を殺すことなんて簡単だよ。なにも体を壊すことだけが命を奪うことじゃない。その気になればその口でも、瞳でも、仕草でも、態度でも、人は人を、殺せるんだから」 そうだ。僕はあのとき殺された。あの日、工事現場で両足を壊されたときから、僕の未来が絶たれたときから、もう、とっくに。 「脚の手術が終わって、もう試合には出られないって聞いたとき、僕はそれを塚原にすぐ打ち明けたよ。でもあいつは顧問の模範としての答えだけを、ただ僕にくれるだけだった。これからはマネージャーとして部に残れだなんて、冗談でも笑えない。その部活の人間にやられたんだ。そんな奴をサポートしろだなんて、虫唾が走るね」 「……だからなんだよ。勝手に諦めて、勝手に辞めたのはてめぇだろうが。最初から最後までウジウジウジウジと、いなくなってくれて清々したよ!───ぐっ!」 「勝手に嫉妬心を抱いて、勝手に人の人生を狂わせてくれたのもお前だろ。そしてそんなことがなければ、僕は部活を辞めることも、大会に出られないこともなかった」 もう一度殴打する。すると鼻に命中したのか、羽鳥は片方から血を流し始める。 「僕はお前を許せないよ、絶対に。身勝手な悪意に飲み込まれた僕の人生、それは間違いなくお前のせいだ」 「知るかよ……。自分の幸せのために他人を利用して、それで何が悪い!皆が皆、自分が可愛くて仕方ねぇんだよ!だから相応の努力をする!それで周りがどうなろうと、俺には関係ない話なんだよ!」 「そうだね。誰もが皆、自分が可愛くて仕方がない。だからそれ故に、自分が世界で一番不幸なんだと錯覚する。そうして生きるのが、人間なんだ。だからお前も自分をそう感じたはずだし、僕だって一度は思ったさ。自分が今、世界で一番呪われてるんだって」 間を置いて、僕は橙色の闇を見つめる。そうしてあの日々を思い出し、静かに口を開いた。 「マネージャーの件を断ってから、僕は退部届けを突きつけて帰宅部になった。そうして帰路に着く三年間は屈辱的だったよ。本当はこんなはずじゃなかったのに。三年間、充実した日々を送るはずだったのにって、何度もこの現実と、お前を死ぬほど呪ったさ。狂うぐらいにね。だから狂った、この通りに」 「……なあお前、今楽しいのかよ?今まで散々黙り込んで、自分を押さえ込んできたような弱者が、急にここまで大それたことをして、楽しいのかよ?だったら笑えるな。これまでなにも抵抗してこなかった、そのツケがこれなら……自業自得なんじゃねぇのかよ!」 「どの口がそれを言うの?そもそも個性なんて武器を出そうものなら、お前から徹底的に叩かれたじゃないか。それも複数人を引き連れて……そんな日々が、小学生の頃から延々と続いた。拷問だよ、紛れもない。そんな拷問を耐え続けて、さらに主張なんてできない人間になってしまった。されてしまった。僕はそれも許せないよ。部活動の三年間とこれからの未来、そして小学生の頃から受け続けた陰湿な攻撃の数々───それら全部まとめて、今日復讐する。そう決めたんだ」 「学校で虐められる奴には、理由が付き物なんだよ……。無口、無個性、空気の読めない不気味さ、周りに馴染めない社会不適合者、そういう奴が吊るされるのは当然だろうが。お前だってそれに当てはまった、だからやられた。当たり前の話だろ?」 「……それは加害者の言い訳だ。被害者は被害を受けただけ。そしてお前ら虐める側の加害者は、いつだって自分勝手な理論を振りかざす。イジメの本質はいつだってそこにある。馴染めないから集団で虐める。……そんなのは、洗脳だ」 「洗脳?洗脳して何が悪い?……お前らが学校生活に当てはまれないような欠陥品だから、正してやってるだけだろ───!それをお前は不正義って言い切るのかよ?お前は何様なんだよ?ああ!?」 「……どこまでいっても平行線だね。なるほど、この世からイジメが消えないわけだ。正義の反対は悪じゃなく、もう一方の正義。やっぱり、そうらしいね」 肌を突き刺す冷気を払い除け、僕は主張する。 「それなら、やっぱり僕の復讐は間違ってなんかないよ。僕は僕の信じる正義に基づいて、君を殺める」 「───っひ……!」 今さら動揺する羽鳥。目の前の人間が、今となっては容赦なくその引き金を引くことを、理解したからなのか。そしてそれは事実だ。僕は間違いなくこの手で引き金を引く。だから羽鳥の恐怖は間違ってなどいない。 「そういえばさ、思い出したよ。さっきのホームルームでの、内のクラスの担任の話。先生はこう言ってたんだ。この学校は『小さな社会』、縮図だって。だからそんな中で現れる、お前の言う社会不適合者は、やっぱり無理やりにでも適合させられるんだろうね。じゃあそれなら、お前らは僕のことを、将来のために虐めてくれたってわけかな?」 「……っ、」 「将来僕が大人としてやっていけるように、暴力を振るって、給食にゴミを混ぜて、放課後に集団で襲いかかって、一人ハブって、無視をして、後ろで指を差して嘲笑って、机に汚いもの痛いものを入れ込んで、それに引っかかるザマを遠目で見てまた嘲笑って、先生に言おうものなら容赦なく脅して、一日中異端者を見るような目で睨みつけて───そんなものが、そのどれもこれもが、全部、僕のためだっていうのか。……あはっ、あははははは。ちゃんちゃら可笑しい。馬鹿げてる。そんなものがまかり通るなら、殺意の一つ、覚えたって無理はないよね」 「陰湿な性格のクズが……隅で小さくなっててムカつくんだよ!目障りなものを排除するために、俺が努力した結果それがこれだ!今さら復讐だなんだって騒ぎやがって、どこまで陰湿な奴なんだよ!腹立たしい!」 「ああ、洗脳がどうとかよりも、やっぱりそっちがメインか。もう本音、出ちゃったね」 羽鳥は激昂し、あからさまなほどに悪を貫いてくれた。だから僕も、躊躇いがなく復讐ができる───。 「たしかに僕は、上手いように利用されたな。イジメに加担する奴らは、その行為を共にすることでコミュニティを強めて結束する。……お前ら共存関係の絆は、僕で出来上がっていたんだ」 「……だったら、なんだよ」 「見ていて鬱陶しいって言ってんだよ、そういうの。弱くて脆いメンタルの奴らが、集まって強気でい続けて、そうやって土台の人間は壊されていく。その内の一人が僕だった。もう、うんざりだ。殴ったり蹴られたり、そのお返しをするよ」 拳銃を突きつけて、引き金を引く。狙ったのは、羽鳥のもう片方の脚だ。 ───ゴォン!と、先ほどと同じような轟音が響く。そうして羽鳥は、呻き声に喉を枯らせて地面に両手を付く。 「すぐには殺さないよ。言っておくけど、これはお前の真似だからね。お前らは小学生のときも、僕をゆっくりと痛めつけた。あの時間が、本当に苦痛だったっけ」 「……はぁ、はぁ、はっ!お前、あ、あたまっ、おかしいだろ……!」 「誰のせいかな」 拳銃をもう一度突きつけて、今度は狙いを変えて右膝を撃ち抜く。 「うぁぁッ!ぁぁあ!?」 「うるさいな。ギャーギャー喚くな」 左膝も、同じようにしてやった。これで四発か。この銃にいくつ弾が込められているのかなんて知らないが、確かめる方法もよくわからないし面倒だ。だが、どの道もう弾も無くなるだろう。 「さて、そろそろ終わりにしようか」 拳銃をその辺に捨て、今度はその右手でポケットからバタフライナイフを取り出す。刃先を出して近づき、羽鳥の頭をもう片方の空いた手で鷲掴みにする。 「ぐっ……ぅ、う!」 「酷い顔だな。どこまでも汚い人間め」 「……っは、は、ぁ!この───、」 「この?」 羽鳥の言葉に、耳を傾ける。 「この、人殺し……っ!」 「は、ははは、っく、はははははは!そうだね、僕は間違いなく人殺しになるね。そうしていつかは罰を受けて、社会からは白い目で見られるはずだよ。でも、もういいよ。こんな世の中で、まっとうに生きていたくもないから。今の僕は、お前への復讐しか頭にない!……ないんだよ!」 ナイフを構え、睨みつける。羽鳥はだらしなくその口腔から唾液を零していた。それが見ていてあまりにも楽しく、快楽に身を沈めた僕は気分が踊り狂う。 「僕の人生を、返せ……!」 「……ぐぅぅう!」 抵抗も虚しく、羽鳥は何もできない。痛みのせいで、拳に力も入らないのだろう。そんな無力なバケモノを見て、僕は嘲笑う。 「……なーんて言っても、無駄なんだよね。時間は戻らない、失ったものはそのままで、だから、僕の怒りも、収まることはない」 「お前の人生なんか、知るか……ぁ!」 「そうだよね。だからもう、終わらせるよ。お前の人生も───」 ナイフの先端を首筋に当て、僕は決意する。人殺しになることを。もう二度と覆らない、殺人者の汚名を背負う覚悟を、理解する。怒りの熱と引き換えに手にする最低最悪の名誉を、僕は今、この手で───、 「さよなら、クズ」 最後にその手で、僕は世界一嫌いな人間の首元を裂いた。 その後のことは、よく覚えていない。 本当にそれで、終わりだったのだ。
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