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高校入学から一段落した五月のお昼休み。
吹奏楽部に入部した一年生全員に集合がかかった。
雁首そろえて駆けつけた音楽室では、二年の山中先輩がすげえ不機嫌な顔で僕らを待ちかまえていた。
ワケも分からずビクビクしている僕らを眼光鋭く眺め回して大きな声で宣言する。
「うちの部長はあたしのモノだ! 一年が色目を使うのは決して許さん!」
いちおう言っておくと、山中先輩は部長とつき合っているワケじゃない。
告白すらしてない一方的な片思いだ。
……こんなアホみたいな話で男子部員まで集めるなよ。
山中先輩は思い込みが激しくて周りの迷惑を気にしない。
あまりお近づきにはなりたくない人、というのが部内の総意だ。
「そりゃね、あたしだってあんなので上手くいくと思ってたワケじゃないんだけどさ」
放課後、パート練の最中に先輩がぼやく。
「ねえ先輩。演奏中に喋るの止めましょうよ?」
僕らはパーカスなので手は塞がるが口は開いている。
先輩はやたらお喋りなのだが、練習と世間話を同時にしたい人はあまりおらず、しかたなく一年の僕が相手をするハメになっていた。
「だってさぁ、部長がとっくに一年の子とつき合ってるとは思わないじゃん?」
いい恥かいたよ、と先輩は照れたように笑う。
「ああいうのは本人のいるトコで言わないと」
僕は演奏の手を止めないよう必死になりながら返事をする。
「そんなの言えるわけないじゃん」
「宣言なんて言ったもん勝ちだったりしますから」
「そうなの?」
先輩が真面目な顔で聞き返してくるが、僕は手元が忙しいから上の空で喋っているだけだ。
「……ちゃんと告白すればよかったのに」
「バカ言わないでよ! そんなの無理に決まってんでしょ!」
先輩は真っ赤な顔で履いてた上履きを蹴り飛ばしてきた。
「ねえ、おなか空いた。おにぎり食べたい」
片足だけ上履きの先輩が唐突に言う。
「いま練習中です。我慢して下さい」
「そうは言っても叩いてるとお腹空くんだよ。そこのバッグの中におにぎり入ってるから」
言われるままに彼女のバッグを開けておにぎりをとり出しても、先輩はマリンバを叩く手を止めず、
「いま、手が塞がってるから食べさせて」
あーんと大きな口を開ける。
先輩はいつでもこんな調子で、気がついたら僕は先輩の世話係として定着してしまっていた。
遊び半分で練習する先輩の態度は、あまり部内での評判が良くない。
でも、側で見ているとよく分かるのだが先輩は練習熱心だ。遊んでいるようでいて、いつも何かの楽器を叩いている。言動がアレだから誤解を受けやすい人なんだよ。
入部して半年がたった頃、僕は自分の変化に気がついた。
中学の頃から合奏になると肩に力が入りすぎるのに悩んでいたのが、いつの間にかすっかり無くなっていた。ずっと先輩の相手に気をとられていたのが原因だろう。コンクールの最中ですら喋っていたからな。
演奏しながら彼女と会話しているうちに、上手くやろうと《構える》ことが無くなった。
僕は少しだけ上手くなっていた。
こうなると、もうダメだ。
先輩と一緒に演奏するのが楽しくなる。楽しいからずっと練習していたい。もっと上手くなりたい。もっと先輩と話がしたい。両手のマレットで先輩をポコポコ叩いてみたい。
先輩は相変わらず部長が好きみたいで。
いつも一緒の僕たちを見た部長から『仲いいね。付き合ってるの?』なんて声をかけられ、返事もできず真っ赤になってる。
こういうトコ先輩はかわいいけど、彼女がいる男にその態度はどうかと思う。
そのまんま部長は卒業して、僕らの関係は何も変わらず学年がひとつ繰り上がった。
新入部員を前に、先輩がパートリーダーとして挨拶に立つ。
「パーカスの山中佑香だ。最初にひとつ言っておく」
そこまで言ってから先輩は隣に立つ僕の右腕をしがみつくようにして引っ張った。
「この男はあたしのだ! お前たちが色目をつかう事は絶対に許さん!」
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