ep2 近づく心の距離、的なアレ

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あまり敏感な方ではない、という自覚はある。 「ナントカさん、髪切った?」とほかの人が指摘して初めて、ああそういえば短くなっているな、と気づくし、「ナントカさん、今日どんな服着てた?」と訊かれてもまったく思い出せない。 裸ではなかった、ことくらいしか断言できない。 しかし、そんな私でも、なんとなく変だなと感じる出来事があった。 夜、残業で遅くなったとき、人の足音が背後をついてきている、と思った。 勿論、初めは勘違いだと思った。 夜道でたまたま前の人を追うような形になることは私にもあるので、そのときは気に留めなかったのだが、翌日にまた同じように足音がして、しかも、どうもこちらに歩調を合わせているように聞こえた。 試しに立ち止まってみると、音がしなくなる。 歩き出すと、コツ、コツ、と音がする。 思いきって振り返っても、誰もいない。 また歩き出して、2、3歩のところで振り向く。 だるまさんが転んだ方式をやってみたが、やはり誰も見当たらなかった。 怖くなったけれど、何日か経つと足音がしなくなったので神経過敏だったかな、と安心していたところへ、スマホに変なメールが来た。 『久しぶり。メアド、これで合ってる?』 知らないメールアドレスからだ。 いわゆる迷惑メールだろうが、足音のことが思い出されて、即座に削除した。 被害妄想だろうか? それとも、誰かに恨まれるようなことをしただろうか? 思い返してみたが、3日ほど前に課長の修正テープを借りたらキャップをなくしてしまったことぐらいか。 当然謝罪したし、課長も許してくれたと思っていたが、新品を買って弁償しなかったのは、失敗だったろうか。 その申し出は課長の方で「いいよいいよ」と言ってくれたのだが、額面どおりに受け取るべきではなかったのかもしれない。 大人の世界の忖度というやつだ。 いやしかし、修正テープのキャップで? 父に相談しようか。 でも、「尾行されている気がする」などと伝えたら、またいろんな意味で心配をかけることになるし…… そんなふうにぐるぐると考えていると、急に目の前に黒い顔がアップになって「わっ!」と私はソファの背へ飛び退いた。 「ぶぶ、文左衛門さん?!」 文左衛門さんは、ガラス質の目でじっとこちらを見つめていた。 「あ、何か用事でした? おなかすいたとか」 文左衛門さんは微動だにしない。 「じゃ、お風呂?」 新婚さんのコントみたいなことを言ってしまった、と思ったが、反応は特にない。 「えーっと……」 正面から見ると。鴇色の嘴の部分が富士山形に見えてかわいい。 いやそれはともかく。 どうしたらいいかな、と思っていると、文左衛門さんは半歩ずつの歩幅で近づいてきて私にぼふっと上体をもたせかけた。 「ええっ?! ちょ、――」 あたふたする私をよそに、なおもじりじりと寄ってくる。 あ、これはもしかして、ハドル? 南極のブリザードという難局を乗り切るために、皇帝ペンギン達は大勢で円陣を組み、暖め合うという。 文左衛門さんは、私が何らかの難局にあると察して、ハドルを組もうとしてくれているのかもしれない。 ぽってりした白いおなかを受け止めている腕の中が、温かい。 その温かさで、だんだん気分が落ち着いてきた。 少し海の匂いがした。 「文左衛門さん――」 私は、訥々と悩みを打ち明けた。 「……ただの考えすぎならいいんですけどね。すみません、聞いてもらっちゃって」 文左衛門さんはゆっくりと頭を起こすと、また私をじっと見つめ、それから向きを変えて、独特の左右に揺れる歩き方でリビングから出ていった。 それを見送ったあと、猛烈に私は照れた。 今のすごくない?! 文左衛門さん、彼氏力高すぎない?! ほかの皇帝ペンギンもこうなのだろうか。 子育てスキルがものすごく高いのはドキュメンタリーで知ったけれど、この点に関しては文左衛門さん個別のものなのか、謎だ。
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