ep3 頂点Pの皇帝系男子と底辺BCのクズ系男子による三角関係を証明せよ。

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ep3 頂点Pの皇帝系男子と底辺BCのクズ系男子による三角関係を証明せよ。

「んんーやっと終わった」 大きく息を吐いて、井口さんはパソコン用の椅子に座ったまま両手を組み、腕のストレッチをした。 「お疲れ様です」 そう丁寧にねぎらおうとしたのだが、申し訳なくも一足先に仕事を終えてランチタイムに突入していた私の発音は、「おしゅかえさまえす」になってしまっていたかもしれない。 フィッシュフライ弁当はおいしい。 白身なのはわかるが、魚の種類は一切わからないまま食べるところも日常に潜むささやかなスリルだ。 「私、お昼買いに行ってきますね」 井口さんが立ち上がると、「あ、私も行く!」と荒巻さんもバッグから財布を取り出した。 「マキちゃんも終わったの?」 「ううん、まだだけどいいや。お昼にする」 こういう潔いところが荒巻さんらしいと思う。 「じゃ、私達ちょっとコンビニ行ってきますね」 「はーい、行ってらっしゃい」 今度はちゃんとフライとご飯を飲み込んでから、私は2人に手を振った。 連れ立ってドアを出ていく際に、「いぐっちゃん、今日はお弁当じゃないんだぁ」という荒巻さんの声が聞こえた。 井口さんの返事は聞き取れなかったが、そういえばいつもの、サイズも中身もかわいらしいお手製弁当はないようだった。 珍しく寝坊でもしたのだろうか。今日の私のように。 井口さんはお弁当だけでなく、髪もいつもきっちりカールがきいていて、いろいろ手間をかけているんだなあ、といつも感心する。 あの見事な螺旋状のカールは一体どうやったらできるのか、ドライヤーではない道具を使うことくらいは知っているが、詳しくはわからない。 井口さんは女子力53万という感じだ。 やがて2人がコンビニのお弁当を手に戻ってくると、「聞いて下さいよ清水さん!」と荒巻さんが私の前に座ってテーブルに半身を乗り出した。 「どうしたの?」 「いぐっちゃん、彼氏できたんですよ」 「えっ……」 思わず当人の方を凝視してしまった。 井口さんは、「ちょっと、そんな大きな声で言わなくても」とやや困り気味――なのか余裕綽々なのかちょっとわかりかねる古拙の微笑を浮かべていた。 ちなみに彼女が買ってきたのは、期間限定のタケノコご飯幕の内弁当だ。 炊き込みご飯の上に、なんとタケノコがタケノコの形を保ったまま3切れも乗っている。 細切りではない。 その上、海老天までついている。 途轍もなくおいしそうなので、明日のランチはこれにしようと決めた。 そして、荒巻さんの方はデラックス唐揚げ弁当だ。 そういえば最近、あまり唐揚げを食べていない。鳥類の料理は積極的に食べようと思えなくなった。 もちろん、自宅でも作っていない。 割合好きなメニューの一つだが、あのひとが嫌な想いをするかもしれない、と考えると―― 「それで、今日はそっちの家から来たんですって! だからお弁当持ってなかったんですよぉ。彼氏の分しか作る時間なかったって」 「はっ?! あ、ああ……え、そうなんだ?」 脳裏に浮かんでいた黒と白の姿を慌ててかき消し、衝撃の現実の方に意識を戻した。 展開が速い。 つい先日、飲み会でなかなかいい人に巡り会えないとかそういう話をしていたはずなのに、いつの間にか既に「いい人」はいて、しかも泊まりの間柄にまでなっているとは、1話見逃すと主要人物が何人か死んでいるジェットコースタードラマのようだ。 「彼氏できたならできたって言ってよぉ。水くさいなあ」 大きな唐揚げに箸を突き刺して口を尖らせる荒巻さんに、「そのうちと思って」と苦笑する井口さん。 「で、どんな人なの?」 興味津々、と顔に書いてある荒巻さんの質問に、「んーとね、銀行の人」と答え、井口さんは私の方を見た。 「清水さん、同居の彼氏さんとはどんな感じなんですか?」 「えっ?!」 油断していた。 箸からぽろりと柴漬が落ちた。 ああ、楽しみに取っておいたのに…… 「ど、ど、どんなって?」 「お付き合いはしてるんですよね?」 「い、いや……そこまではちょっとまだ……」 「えー! 一緒に暮らしてるなら、チャンス掴み放題じゃないですかぁ。なんか難しいお相手なんですか?」 荒巻さんの質問の矛先も、こちらに向いた。 「難しい、といえば難しい、のかも……」 「やだ、もしかして彼女持ちとか、既婚者とか?」 「いやいや、それはさすがに、ないよ」 繁殖に失敗したという理由で我が家に来たのだし。 「何系の人ですか?」 井口さんに訊かれて、困った。 何系と言えばいいのか。 鳥系? 「系」というかそのものズバリだけれど。 「草食系だったりします?」 「いや、草食、ではないかな……」 魚やイカを食べるので。 「俺様系ですかぁ? それとも案外、王子様系だったり?」 「あ、王子様っていうか、皇帝」 「皇帝?!」 2人は、豆鉄砲を喰らったアオバズクのような声を揃えた。 「えーっと……あっ、すんごい俺様ってことですかぁ? 少女マンガに出てくるみたいな。それは難しそうですねえ」 荒巻さんはその解釈で納得したらしい。腕組みをして、頷いている。 いや、性格はむしろ温厚だけれど。 「そういう人には、身近にずっといると家族みたいに思われちゃって、異性として意識されないかもしれませんね」 格闘漫画の老師的なキャラを思わせる重みのある口調で、井口さんが言う。 「清水さん、ここは、こちらからデートにお誘いしてみましょう」 「で、デートにっ……?」 いきなり試練を課してくるところも老師っぽい。 この滝を逆流させてみよ、みたいなやつだ。 「そうですよ! お互いの新鮮な面が見えるといいんじゃないですかぁ?」 確かにそれは一理ある気がした。 それにもしかすると、本当は外出したいのに居候の身ゆえに言い出せずにいるのかもしれないし。 「うーん、でも、どこへ行けばいいかな……」 「彼氏さんの一番興味のあるところに、案内をお願いするといいかもですよ」 井口老師(年下)の、ありがたいアドバイスが下った。 私は「ひとまず、この案件持ち帰らせて下さい」と営業マンのようなことを言って、その場を勘弁してもらった。
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