ep3 頂点Pの皇帝系男子と底辺BCのクズ系男子による三角関係を証明せよ。

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「ただいまー」 今日は給料日だったので奮発して、スーパーの鮮魚コーナーでマグロのお刺身をたくさん買った。 文左衛門さんはここのところ、よく食べる。 やっと我が家に馴染んでくれたのかな、と嬉しかった。 きっと喜んでくれるだろうな、と浮かれながら冷蔵庫に買ってきたものをしまい、リビングを通りがかると、窓際にいつものようにその姿があったので「ただいま、文左衛門さん」と声をかけた。 が、様子が変だ。 いつもなら呼びかければ何かしらのリアクションをしてくれるのだけれど、今日は無反応で、しかも全体的になんだか解像度が粗い感じというか、あの優美な体のシルエットが妙な具合にもっさりしていた。 「あの、文左衛門さん?」 近づいてみると、彼は、こちらを見もせずにいきなりぶるぶるっと大きく体を震わせた。 その拍子に、周囲に白っぽい羽毛がたくさん飛び散った。 「は、羽が抜けてる?!」 なんだろう、皮膚病だろうか? 獣医さんに見せた方がいいのかもしれない。 「だ、大丈夫ですか?」 反応はない。 やっぱり具合が悪いのでは? 私は泡を食って、父の部屋に駆け込んだ。 「お、お父様、大変です。文左衛門さんが病気です」 「そんなことないだろう」 「なんで即答なんです。心配じゃないのですか。あなたの血は何色ですか」 「落ち着きなさいって」 父はパソコンのモニタから目を放して、こちらを向いた。 「病気ってどういうことだ?」 「羽がいっぱい抜けてるんです。皮膚病か、ストレス性の脱毛症的なものかも……」 すると父は「ああ」と落ち着き払って、「換羽の時期だよ」 「関羽?」 「いや、その髭の人じゃない。古い羽は防水効果がなくなるから、年に1回生え換わるんだ」 「えっペンギンて、羽が生え換わるんですか?」 「鳥だからね。ちょうど今の時期だよ。見た感じがいつもよりボサボサだったり、痒いのと体力を使うので機嫌が悪いけど、病気じゃない」 「ああ、そうなんですか。よかった」 「ただ、掃除が大変なんだが」 「……お父様も気がついたらやって下さい。水族館ではおやりになってたのでしょう?」 「わかったわかった」 リビングに戻ると、文左衛門さんはさっきとまったく変わらない姿勢でそこに立っていた。 足下にはふわふわとした羽毛が散乱していて、見ようによっては「あら、天使が落ちてきたのかしら」的なファンタジックな光景ではあるのだけれど、しかし、現実として掃除はしなければならない。 「失礼しますね」 一声かけてから、掃除機のスイッチを入れた。 その音にびっくりしたのか、一瞬文左衛門さんは首を巡らせた。真後ろに。 「あっ、ごめんなさい!」 ペンギンは相当耳がいいらしい。 人間には違いのわからない鳴き声でも、家族の声かそうでないかを聞き分けられる。 だから、大きな音を立てるとびっくりさせてしまう。 そんなことにすら思い至らなかったことを反省しつつ、私はコロコロに持ち替えた。 気の利かない女だと思われたかもしれない。 無言でじっと動かない文左衛門さんの様子からは、どう思ったかは窺い知れない。 体力を温存するため、換羽中はほぼこうだと父は言っていた。 ということは、換羽が終わるまでデートの件は保留せざるをえない。 難しいお相手、と荒巻さんは表現していたが、確かにそうだ。 種属の壁は、厚い。 ああ文左衛門さん、なぜあなたはペンギンなの? でも、ペンギンだから文左衛門さんは素敵なのであって、ジュリエットを気取ってもしかたがない。 コロコロを動かしながら、カーペットに落ちた羽を一枚、こっそりと拾い上げた。 先の方が少し黒っぽい。 なんとなく持っていたい気がして、それをポケットに入れた。 この心理は、乙女心と呼ぶべきか、若干のストーカー気質と呼ぶべきか。 6:4ぐらいというところか(当社調べ)。 とりあえず、文左衛門さんの換羽中にデート候補地をピックアップしておく、というのを心のToDoリストに記した。
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