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それからの文左衛門さんは、本当にほとんど動かず、ご飯も食べず、ただただじっとしていた。
たまに羽を振るい落としたり、嘴で痒いらしい部分を掻くくらいで、話しかけてもやはり反応はなく、降り積もるのは白い羽と私の寂しさ、とコロコロで掃除をしながらJーPOP的なフレーズが無駄に浮かんできた。
しかし、体中ランダムに抜けかかったモヒカンができているという状態を見ているとこう、いっそ思いきって抜いてしまえば換羽完了が早いのでは、などと思ってしまうが、父に止められた。
それはさておき、私の課題はデート候補地の選定だ。
井口さん、いや井口老師からは、相手の一番興味のあるところに案内を頼め、と助言をいただいた。
文左衛門さんの一番興味のあるところはどこだろうか。
やはり海、それも南極の海だと思うが、しかし南極はあまりに遠い。
宇宙よりも遠いらしい。
なら近郊の海はというと、あまり綺麗ではない。
お気に召さないかもしれない。
いや、ペンギンだから海、というのも安易ではないのか。
案外、文左衛門さんだけではなかなか行けない場所の方がいいのでは。
某有名テーマパークとか。
けれど、人混みで注目されてしまうのも問題がある。
考えるほどに決まらなくなっていって困った私は、スマホで無料の占いのサイトを検索した。
自分の生年月日と文左衛門さんの生年月日を入力して、相性や効果的なアプローチ方法、運気の上がるデート場所などの有益な情報を得ようとしたのだが、そういえば文左衛門さんの誕生日がわからない。
なんてことだ。
英語で言うなら、Shit!だ。
すぐさま父にメールで尋ねようとすると、新着メールが来ていた。
「件名なし」で、本文は一行。
『近いうち、そっちに行くから』
背筋がすっと冷たくなった。
ここのところ迷惑メールが途切れていたので、忘れていた。
業者による機械的な一斉送信だからおそらくはこういう定型文なのだと思うが、やはり怖い。
都市伝説のメリーさんみたいだ。
しまいには、『今、お前の後ろにいるよ』なんて送られてきたりして……
思わず背後を振り返ってしまってからその不吉なメールを即座に削除して、今夜はまだ職場にいる父にメールした。
「10月4日」だとのことで、すると星座は天秤座。性格は「マイペースでも約束は必ず守る誠実な人」と出た。
なるほど、当たっている。
「天秤座の彼は、本気度の高い女性には自分の素の趣味に付き合わせます」
これは驚いた。星占いが老師と同じことを言っている。
さすが老師、と改めて感心した。
であればやはり、文左衛門さん自身の行きたいところがよいだろう。
換羽が終わったら、訊いてみよう。
そして3月19日生まれで魚座の私との相性はというと――「30%以上です」
打率なら喜んでいい数字だが、残念なことに違う。
やはり努力が必要なようだ。
どのような努力をすればいいのか、ヒントを求めてあちこちのサイトを巡回するうち、夜中になってしまった。
寝る前にひとめ、とリビングに行って文左衛門さんの様子を覗き見た。
ブラインドから洩れる薄青い夜の光に、ほわほわとした羽毛が微かに照らされて、神秘的だった。
嘴を脇に挟んでいるところからすると、もう眠っているのだろう。
私はそっとドアを閉じた。
おやすみなさい、とまた言える日が、早く来ればいいと思った。
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