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オレンジ色のエプロン姿の長身男性が、キッチンでテキパキと動いている。
鍋を覗き込む横顔、サラサラの黒髪から溢れる形の良い耳、プライベート用の太いフレームの黒縁眼鏡。
ソファーからぼんやりと眺める僕は、グラスの中の野菜ジュースを一口含む。征臣のエプロンと同じ色の液体は、程よく冷えて口当たりが良い。柑橘の爽やかな香りも、気怠い身体に染みていく。
意地を張ることも、拗ねることも出来た。けれども、そんないじけた感情を、強大な動因――会いたい――が全て打ち負かした。
『今、お前の部屋の前に居る。開けてくれ』
躊躇ってタップしたスマホの向こうから、温度の低い、いつもの声。
『……はあっ? な、何言って……イッ、テテ……』
『二日酔いか。俺は帰る気はない。早く顔を見せろ』
上から目線の命令口調。誰のせいだよ、勝手なこと言うな――反発が浮かぶのに、言葉に変わるより早く、スマホ越しの声が触媒となって胸の奥を熱くする。
……まだ酔ってるんだ。きっと。
「おい、赤い顔して、熱あるんじゃ……」
玄関のドアを開けた途端、目の前のコートにガバッと体重を預けていた。彼の香りと一緒に、冬の朝の冷えた匂いが、フワリと僕を包み込んだ。
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