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<番外編> 3 安西航
火曜日の朝7時―
ピピピピ…
6畳間の築40年のビルの4Fにある1DKのアパートにスマホのアラームが鳴り響く。
「う~ん」
航は寝ぼけ眼でスマホを手探りで探し、アラームを止めるとムクリと起き上がった。
「朝か…」
髪をクシャリとかき上げ、ベッドから起き上がると部屋のカーテンをシャッと開けて朝の太陽を取り入れた。上野の雑居ビルの谷間からは太陽がまぶしそうに輝いている。季節は4月末。大分初夏の陽気になっていた。
「今日もいい天気だな…この分なら暑くなるかもしれないな」
航は呟くと、部屋に置いてあるチェストからTシャツとジーンズ、靴下を取り出すと手早く着がえを始めた。洗面台へ向かい顔を洗うと水色のストライプのシャツをはおり、小さなキッチンに立つと冷蔵庫から牛乳とシリアルを取り出し、部屋の小さな楕円形テーブルにのせ、小さな食器棚を開けて白いミルクボウルの食器とスプーンを出す。シリアルに牛乳をたっぷり注ぐと、テレビをつけて航は朝食を食べ始めた。
テレビでは今日の天気予報をやっている。
「今日の東京は晴れ…天気は23度か…やっぱり暑くなりそうだな…」
シリアルを食べ終えた航は手元に置いておいたスマホをタップしてため息をつく。
「…ったく…琢磨の奴…何でメールの返信が無いんだよ…」
昨夜、航は琢磨に用事があったのでメールを入れたのだが、返事が返っていない。
(また後でメールを入れてみるか…)
実は航はもうすぐGWに入るので、朱莉と蓮を誘って4人で何処かへ遊びに行かないか相談しようと思っていたのだ。
(キャンプなんてどうかな…。朱莉と蓮...喜んでくれるといいな…)
この時の航はまだ幸せの中にいた。昨夜、琢磨に何があったかも知らずに…そして自分に降りかかって来る悲劇に…。
食べ終えた食器を台所に持って行き、手早く洗って歯磨きをしながら航はスマホを見ながら今日の予定のチェックをしていた。
(今日の仕事は夕方4時までの張り込みか…。いつもの仕事よりは楽だな)
そして歯磨きを終え、部屋の中で機材のチェックをしていると、突然航のスマホが鳴り響いた。
「うん?誰だ?」
そして航は着信相手を見て目を見開いた。その電話は朱莉からだったのだ。
「え…?朱莉じゃないかっ!」
航ははやる気持ちを抑えてスマホをタップした。
『もしもし、航君?』
受話器越しから愛しい朱莉の声が聞こえて来る。
「ああ、おはよう!朱莉っ!」
航は元気よく返事をする。すると朱莉がクスクスと笑った。
「どうした?朱莉?」
『ううん…相変わらず航君は元気だなって思って。お陰で私も少し元気を分けて貰える気がする』
「そうなのか?朱莉。もしかして…昨夜何かあったのか?」
『うん…その事なんだけど…航君。近いうちに会えないかな?大切な話があるの』
「え?た、大切な話って…?」
航はその話を聞いて胸がドキリとした。
「そ、それっていい話か?悪い話か?!」
航は動揺しながらも尋ねた。
『うん、いい話だよ?』
朱莉の声は何所か弾んで聞こえた。
「そ、そうか。いい話なんだな?分った!俺…実は今日は夕方4時には仕事終わる事が出来るんだ。だから朱莉さえ良ければ4時以降ならすぐに会えるぞ?」
『私はいつでも大丈夫。実はね…今蓮君は会長の家に泊まってるから』
その話に航は一瞬ドキリとした。
「え…?それは一体…」
言いかけて航は時計を見て慌てた。もう現場に行かなければいけない時間になっていたのだ。
「悪いっ!朱莉!俺…もう仕事に行かなくちゃいけないんだっ!また後で連絡するからそれでいいか?」
『うん、それじゃ連絡待ってるね。航君、お仕事頑張ってね』
「お、おう…」
そして電話を切った航の顔には…笑みが浮かんでいた。
この日の航は一生懸命働いた。朱莉と会えると思うと、どんな仕事でも頑張れそうな気がした。少なくともあの瞬間までは―。
****
夕方5時―
航は上野駅ジャイアントパンダ像の前で朱莉が来るのを待っていた。すると人混みに紛れながら朱莉がキョロキョロしながらこちらへ近づいてくる姿が見えた。
「朱莉!こっちだっ!」
航は人目がある事も気にせず、大きな声で手を振ると朱莉を呼ぶ。すると、朱莉は笑顔になって航の方へと小走りでやってきた。
「お待たせ…航君」
朱莉は背の高い航を見上げ、ニコリと笑った。
「あ、ああ…いや。対して待ってないから大丈夫だ」
そして航は朱莉の姿をマジマジと見た。今日の朱莉は紺色のカジュアルなワンピースを着ている。
(こ、この格好…まるでデートみたいだ…)
航は胸が高鳴った。
「朱莉、今日は何所へ行きたい?」
照れる心を隠しながら航は朱莉に尋ねた。
「えっとね…実は事前に調べたお店があるの。良ければそこへ行ってみない?」
珍しく朱莉から店の提案があった事に航は新鮮な気持ちになった。
「よし、早速行ってみようぜ?」
航は笑顔で答えた。そして2人が向かった店は―。
****
「まさか、沖縄風居酒屋だとはな~」
掘りごたつ式のお座敷席に座った航は頬杖を突きながら朱莉を見た。既に2人の前にはオリオンビールと、ゴーヤチャンプルーにラフテー、海ぶどう等の沖縄名物料理が並べれている。
「うん…沖縄は私と航君が初めて出会った思い出の場所だったから…」
「あ、朱莉…」
何処か思わせぶりな朱莉の言葉に航は再び胸が高鳴って来た。
「そ、それで…朱莉、大事な話っていうのは…何だ?」
すると朱莉は一口ビールを飲むと航を見た。
「あ、あのね…航君。私…翔さんと離婚が成立したの」
「え…?ほ、本当かっ?!朱莉っ!」
「うん。それでね…私…結婚する事になったの」
朱莉は頬を染めながら航に言う。
「…え?」
航は耳を疑った。
「あ…朱莉…い、今何て言ったんだ…?」
航は震える声で尋ねた。
「う、うん…。私…好きな人がいるの…それで、その人と結婚する事に…なったの…」
朱莉はますます頬を赤らめながら言う。
「朱莉…そ、その結婚相手って…まさか琢磨なのか…?」
航はキリキリと痛む胸を押さえつけるように尋ねた。
「え?九条さん?!ち、違うよ。航君も会った事がある人だよ?映画館で…」
「ま、まさか…各務修也か?!」
航の脳裏に修也の姿がよぎった。鳴海翔にそっくりな男…。
「うん、そうだよ。流石は航君だね?記憶力本当にいいね」
朱莉に褒められるが、航は少しも嬉しくなかった。
「朱莉…琢磨には結婚する話…したのか…?」
「う、うん…。実は…昨夜会って…話したの…」
朱莉は少し悲し気に目を伏せた。
(まさか…琢磨はそれで昨夜連絡が取れなかったのか?朱莉がこんな顔をするのは…ひょっとして琢磨は…!)
航はビールを一気飲みした。このまま酔いつぶれてしまいたかった。酔って眠って…夢の出来事にしてしまいたかった。なのに、悲しいことに頭は冴え、とてもではないが酔える雰囲気では無かった。
「どうしたの?航君?」
航の気持ちを何も知らない朱莉は不安げに尋ねてきた。
「朱莉…琢磨に…何か言われたか…?」
航は苦し気に朱莉に尋ねた。すると朱莉は言った。
「九条さん…私の事好きだったって…。私…九条さんを傷つけてしまったの…」
そして朱莉は悲し気な顔で航を見た。しかし…航の今の気持ちは朱莉の悲しみとは比較にならないものだった。朱莉が愛しくて…美由紀と付き合っていても朱莉を忘れる事が出来なくて…いつか必ず気持ちを伝えて恋人同士になれる事を願っていたのに、告白前に朱莉が結婚すると言う話を聞かされてしまったのだ。
(朱莉…お前、本当に俺の気持ちに気が付いていなかったのか…っ?!離婚が成立する前に告白していれば…こんな結果にはならずに済んだのか?!)
航は歯を喰いしばり、必死で泣きたい気持ちを抑えながら口を開いた。
「お…おめでとう、朱莉…」
と―。
※ 残り1話で完全完結です
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