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20220513 忍び込む
夜風が気持ちいい。
普段目にすることのない夜景を眺めているとギイっと軋んだ音が届く。重たい鉄のドアの向こうに挙動不審な彼氏が見えた。
「こっち」
物音を立てないように細心の注意を払って扉をくぐる。スニーカーを手にして廊下に降り立つと学校のように長い廊下に繋がっていた。
「しー」っと唇に指を立てて目配せをしてくる。頷いてから、間男かよとおかしくなった。
付き合って初めてのデート。
別れがたくて彼氏の寮に忍び込んだ。ホテルに行けよって話なんだけど、田舎にそうそうあるわけじゃない。
慣れたように外の非常階段を登らせドアの前で待つように指示した彼氏にちょっとむかついたけれど、まあいい。俺は心が広いから許してあげよう。
それにしても懐かしい感覚だ。学生時代の寮もこんな感じだった。もっと賑やかで小汚かったけど。
長い廊下に同じドアがいくつも並んでいる。その向こうには彼氏の会社の人たちがいると思うとドキドキする。
バレたらどうするの、と前を行く背中に聞きたい。
部屋の前についてドアを開けた瞬間、隣の部屋のドアも開いた。ギョッとして咄嗟に彼氏の陰に隠れた。だけどスウェット姿のその人は目敏く俺を見つけるとニヤリと笑った。
「連れ込み?」
「違いますよ」
慌てたように彼氏が否定する。
「いいっていいって。どんな子よ?」
ひょいっと覗き込まれて身をすくめると、つまらなそうな視線とぶつかった。
「んだよ、野郎かよ」
「だから違うって言ったじゃないですか」
「ちぇーつまらん。まあ楽しんでいってよ」
ポンっと肩を叩いてその人はトイレに消えていった。まあ男だもんな。恋人とは思わないよな。
「危ねえ!」
部屋に入って鍵をかけた瞬間彼氏はホッと胸を撫でおろした。
当然だけど異性の連れ込みは絶対に禁止だ。だけど同性だって面接時間外の入寮を認められていない。無断侵入なんてもってのほかだ。
その辺は暗黙で見逃し合っているだけなんだろう。
「こんな危険な事よくやるわ」
「だってまだ一緒にいたかったんだもん。離れたくなかったんだよ」
「だったらホテルに集合でよかったじゃん」
「なんだその情緒のなさ」
そんなことを言いながらさっきから触れたくてたまらなかった俺たちは抱き合った。キスが深くなって息が乱れる。
「ここ壁が薄いから気をつけてな」
「んっ、ばか、先に言え」
声なんか絶対に出るだろ。
さっさと服を脱いであられもない格好で絡まり合っているんだから。
ベッドに倒れ込んで触って吸って淫らになりながら、喘ぐ声を「しー」っと押え合った。そのとたんもまた漏れる吐息。
おかしくなってふたりで笑う。
「まあ、いいかあ」
ゆっくりと入ってきながら彼氏は呟いた。腰を動かすといやらしい音が聞こえてくる。
これもさっきの人に聞こえているのかなって考えたらさらに興奮した。
「一緒にAV見てましたって言えば納得するだろ」
「するかなあ?」
「するする。それより、なあ……」
ゆさゆさと揺れるたびにベッドが鳴る。絶対バレるだろうと思いながらもやめることはできない。
せいぜい甘い声で啼いてみるか。
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