6人が本棚に入れています
本棚に追加
「おはようございます」
にこりと微笑んで会釈してきたのは隣に住んでいる奥様だ。
彼女はとてもお上品な女性だ。
いつも綺麗な着物をきちんと着こなしてしずしずと歩いている。冷たい空気の中で吐き出された息が白い。なんだかそれすら尊く思えるほど美しい人だ。
お隣のお家はもちろん彼女にふさわしい家だ。詳しくは知らないが結構なお金持ちのしっかりした家柄の筈だ。立派なお屋敷という言葉がふさわしい。ぱっと見はいいとこの旅館とか料亭にすら見える。
「今日は随分と寒いですね」
「ええ、これから雪が降るらしいですね」
まぁ、そんなに。そう彼女が呟いていた。
今日の彼女は着物の上にコートを羽織っている。それからマフラーも。
着物のコートやマフラーが珍しいというのも妙だが、普段目にすることがないのでつい見入ってしまう。
くしゅん、とくしゃみが出たのは気が抜けていたからかもしれない。
「まぁ、大丈夫ですか?」
「ああ、そんな、お恥ずかしい……」
よりにもよって彼女の前でこんな失態。恥ずかしくもなってしまう。
さっさと家に戻ろう。そう考えて動き始めたところを呼び止められた。
「どうかご自愛くださいね。無理をなさらないで……」
そう言いながら彼女は自分のマフラーをそっと私に巻いてくれた。
こんなの身分不相応だと、似合いもしないのにと、そう思ったが、彼女の優しさが身に染み渡る。
自分から出たありがとうございます、の声は随分と小さかった。
彼女は美しいだけではなく、とても親切な隣人だ。これからも良いお付き合いを永くしていきたいものだ。
マフラーが外れた彼女の首にしめ縄の痕が残っていたのは些細な問題だろう。
最初のコメントを投稿しよう!