HIDE and SEEK

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

HIDE and SEEK

 左手首に引かれた紅色の線に嫌気が差す。またやってしまった。頭がそう理解するのに時間はかからなかった。  時刻は夜11時過ぎ。久々の連休が終わり、明日から学校が始まるというこの時間に、僕は自室で一人手首を切っていた。所謂リストカットだ。初めてやったのは5年前。あの頃は今よりも切る頻度は少なかったし、傷も浅かった。興味本位で始めたこの行為、何度辞めようと思っても今更やめるなど無理な話だった。それだけ僕はこの行為に依存していた。勿論、友人にバレたこともあった。優しい彼女は「どうしてそんなことをしているの」「悩みがあるなら話聞くよ」なんて言ってたっけ。当時の僕は人に心配されたくてリストカットを繰り返していた。投げかけられる言葉と日に日に深くなっていく傷口から流れ出る紅色こそが僕が自分の存在を確かめる術だった。  ……なんて回想はさておき、今はこの傷口をどうするかだ。幸いさほど傷口は深くなく、血も滲む程度。この分ならすぐ止まるだろう。血液量の心配はなさそうだが、傷口の赤みはどうやってもなかったことにはできない。明日は演習形式の授業で半袖になる。気温が日中でも10度を下回るこの季節、カーディガンを着ればバレることはないが、脱げと言われたら逃げ道はない。絆創膏は目立つが、傷口を露わにするよりは幾分かマシだろう。人の変化にいち早く気付く彼に何か言われないだろうか。彼は僕のこの悪い癖を知っているが、再びリストカットをする前に相談してほしいと言われていた。この行為はそんな彼の心配を裏切る行為。でも……仕方がなかったんだ。大切な人のいる彼にそう何度も相談できるわけがないだろう。前に彼に相談したときは次の日の深夜に大切な彼女が倒れて病院送りになった。その日のお昼、彼女は僕に「早く相談できる人が見つかるといいね」と言われた。遠回しに彼を振り回さないでくれと言われているようだった。彼女が倒れたことに関して僕に責任がないのは十分理解している。彼女が倒れた原因も知っている。それでも、タイミングが悪かった。僕は酷く自責の念に駆られた。  もとより、僕にはリストカットをしている瞬間の記憶がない。いつも終わった後に傷口を見て現実に引き戻される。そんなことを誰に言っても理解してもらえない。いや、誰にも言えるわけがなかった。  リストカットの頻度が落ちると掃除に始まったのが過食。苦しいのにただひたすらに食べ続けてしまう。半年間で17kg痩せた僕は、拒食症になっていた。今考えると痩せることで褒められるという快感を得ていたからだろう。流石にBMIが標準範囲ギリギリになった頃には心配され、少しずつだが食べるようになった。その結果、今度は食べることがやめられなくなり、吐き出すこともできないまま2ヶ月で5kg太った。僕は今も過食と闘っている。ネットで見つけた相談サイトに相談してみることにしたが、それが上手くいってくれればいいと心の底から感じている。  話を戻そう。こうしてどこまでが本当でどこまでが嘘かわからないこの文章を書き連ねてきたわけだが、気付けば一時間近くが過ぎている。とりあえず傷口は絆創膏で隠そう。少し大きめのものなら一枚で収まりそうだ。もう夜も遅い。布団を被って目を閉じれば、浮かんでくるのは大好きなキャラクターの物語。僕がちゃんと物語の世界でキャラクター達を生かすことができる日はまだ先になるだろうけど、いつか彼女たちの世界を形あるものにできたらいいな。  僕の戯言がいつか誰かの耳に届きますように。    これはとある少女の本音の話。  ……なんてもちろん、嘘なんですけどね。  それではまた、次の御話で会いましょう。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!