幸福への逃げ道

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「手紙をもらったんです」 嬉しそうな彼がそう言った。 誰からかなんて聞かずにも分かる。彼はこのところ花屋の娘と親しいらしい。 外部と接触することがいいことなのか悪いことなのか、ましてやそれが異性で色恋などと。ただ、止めようとするにはあまりにも彼が幸せそうで、気が咎めた。 そもそもここが病院でなかったのならば彼らの出会いを咎めることが誰にできようか。今、ここで私が医者で彼が患者だからと言って惹かれ合う男女の二人を引き裂く権利がどこにあるんだろう。何よりもいつも泣きそうだった彼が笑っている。私は祝福すべきなんじゃないだろうか。 ーーいや、どうだろう。 これがきっかけでまた何か悪化したら?そもそも彼女は本気なのか?遊びだとしたら?興味本位だけだとしたら?それに、環境を変えてしまうなんて、何か悪い影響が出るかもしれない。 「君は随分と彼と親しくなったらしいね」 食堂に花を飾っている彼女にそう声をかけた。なるべく穏やかにを務めてだ。 ことわっておくが、私は現状の把握がしたかっただけだ。まさか2人の仲を引き裂いてやろうだなんてほんの少しも、ほんの少しも考えていなかった。 「……彼?」 彼女が首を傾げる。 「私の患者だよ」 彼女が眉を寄せる。 「……どなたのこと?私、ここで誰かと親しくなった覚えはないわ」 そんなはずはない、と頭の中で誰かが否定する。 「背の高い男だよ。君から手紙をもらったって……」 ふと気付いたように彼女が表情を変える。 「ああ、あの廊下の……でも手紙なんて書いたことないわ……」 私、彼の名前も知らないのよ、と彼女がそう言った。 そういえばあの手紙は白紙だったか。
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