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イントロダクション―ヒステリシス系統―
【ヒステリシス系1―守護者―】
三月九日
今日もあの人はいない。見つからない。あの人がいなくなってから、もう三日と十八時間と三十五分が経った。心配で心配で、眠れない夜が続いている。あの人はわたしがいないとダメなのに。この前だって、クラスメイトのAとBがあの人のことを馬鹿にしていたから、もう二度とあの人のことを馬鹿に出来ないよう、制裁を加えたばかりだ。具体的には、腕を蹴って腹を殴って殴って殴り続けて、動かなくなるまで痛めつけた。こうすれば、よほどの馬鹿でない限り、二度と彼に悪ふざけをすることはないだろう。近付くことさえ出来ないんじゃないだろうか。
今思い返すと、彼はいわゆる不幸体質というやつだったのかもしれない。だって、町を歩けば、犬猫があの人に襲いかかってくるし(何度飛びかかってきた畜生を蹴り返したことだろう)、雨が降れば、道行くトラックやバスに水飛沫を浴びせられるし(その度車両ナンバーを記録し、後でタイヤをパンクさせたり、間に動物の死体をはめ込んだりした)。わたしが庇い、守る度に、あの人は涙を流して喜んでくれた。それなのに、ちょっと目を離した隙に、何処かへ行ってしまうだなんて。彼の部屋と家に設置したカメラの映像をモニターで確認したけれど、何も映っていなかった。不審に思い、直接彼の家に行ってカメラを確認しに向かう。カメラのレンズ前に、あの人の部屋の写真が貼ってあった。なるほど、これで室内の様子を遮っていたのね。もう、お茶目なんだから。それともあれから、やっぱり一人で悶々としちゃって、一人で処理するのをわたしに見られたくなかったのかしら。もう、言ってくれたら手伝ったのに。恥ずかしがり屋なのはなかなか治らないね。でも、こういうことがあったら困るから、次は熱感知タイプの監視カメラを用意しておかないと。だって、あの人のことはわたしが守らないといけないから。
あぁそれにしても心配だ。またどこかでトラブルに巻き込まれているかもしれない。わたしが守ってあげないと。あの人に何かあったらわたし、死ぬしかなくなってしまうから。もうこの町に探していない場所はない。とすると、彼の学校がある隣町だろうか。あの人が学校以外でこの町から出ることなんて殆どなかったし、学校にもあまり行きたがらなかったから、可能性は薄い気がするけれど……。でも、この町にいないのであれば手を広げて探すしかない。あの人の体力を考えると、歩いて何処かへ行くというのは考え難い。バスでの移動は、あの人のお小遣いの残額を考えると可能性は低いだろう。では、あの人のお母さまの車で移動は……車は家にあるし、今は平日だ。お母様は平日朝九時から夕方四時までパートで家にはいないから、この選択はありえない。とすると、定期が使えるし、電車だろうか。今日はもう電車が動いていないから、装備を整えて、明日電車に乗ってあの人の足取りを追ってみよう。何事もなければいいのだけれど。着信にもメールにも連絡が返ってこないから、本当に心配だ。
無事でいて。無事でいて。無事でいて。
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