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のぞみが私の手を握って落ち着いてくれたことで、私はようやく地下室の全体を見回すことができた。
充電ベッドの他に普通のベッドがもうひとつ。そして小さな机の上にパソコンが一台と、ビジネスホテルの一室のようにシンプルだ。
私が小さかった――お母さんがまだいた頃に一回だけ入ったときは、もっと服とか雑貨とかがごちゃごちゃと詰め込まれていたのにな。
そんな風に過去に思いを馳せると現実とリンクしてしまうもので、ベッドはとうの昔に撤去されたはずのお母さんのものだと気付く。
やっぱりこのアンドロイドはお父さんが寂しさを紛らわせるためのものなんだろうか。
そう考えながらのぞみを一瞥すると、もう手の握りっこに飽きたのか退屈そう――いや、どこか物欲しげにこちらへ視線を送っていた。
のぞみはそろそろいいだろうと、私を抱き寄せようと両手を広げて密着してくる。だが女の私はそんなのに興味はない。お父さんがベタベタ触っているだろう気持ち悪いものの手を握ってやっただけありがたいと思え。
「のぞみ、そういうのは好きになった人同士でするものだから」
「……マコト、様? わたし、マコト様を愛してますよ」
どうやらこいつにとって愛想を振りまく対象はすべての人間で、愛とは万能の営業文句らしい。
どうにかメイド服の両肩を掴んで抱擁を阻止した。
のぞみと向き合っていると、暇つぶしに読んだ本が頭に浮かぶ。たしか古いフランスの小説で、外見は理想的だけど性格が最悪な妻を娶った青年が、発明家エジソンから妻そっくりの人造人間をもらう内容だ。
タイトルは『未来のイヴ』だったっけ。神が創った最初の女性がイヴなら、人が作った最初の女型アンドロイドが未来のイヴというのは納得がいく。
私は目の前にいる未来のイヴ――愛玩用アンドロイドのぞみに、知恵を与えてみることにした。といっても、聖書のように知恵の林檎を食べればすぐにというわけにはいかない。
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