150人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「……あー…無理だあー…もうだめだぁ…っ」
泣きたいっ…
「ははっ! なんの嘆きだそれは」
休憩用に準備されたパイプ椅子に身体を預け、虚脱感ありありにぐったりとして喚く。
そんな俺を笑いながら、強面顔の葛西さんが煙草に火を付けた。
「新しい役作りか?」
「…こんなに嘆くってどんな役ですか…」
目尻に溜めた涙目で隣に腰掛けた葛西さんをジロッと睨んだ。
葛西さんは還暦を過ぎたベテラン俳優だ。
Vシネマの名脇役として活躍していたこの人も、最近は表舞台によく顔を出すようになったと思う。
「引きこもりか鬱の役とか?」
「病んでる系の人しか嘆かないって決め付けじゃないですか、それ」
「はは、」
俺の質問に対して丁寧に考えた答えがこれだった。
ただ、今の俺は確かに考え過ぎて鬱に入りそうだ。
昨日の騒ぎから夜が明けた今日──
よりによって、遥々遠方で三日間泊まり込みのロケ。
俺は思う──
この世に神は存在しない。
すがるものさえ見つけられず、休憩の度にメールを送っては晶さんの返信無しを確認して俺は溜め息をついていた。
・
“行ってくる…”
まだ眠ってた晶さんに撮影で三日留守にすることを伝えてそう声を掛け、無言のままの背中を振り返りながら部屋を出た…
実際ほんとに眠っていたのか、もしかしたら眠ったフリをしていたのか……
怪しんだらキリがない。
そんな晶さんを残して今日はさっそくの地方ロケ。なんてタイミングの悪さだと思いながら恨みをぶつける相手が居ない……
“水曜日に帰るから、お土産楽しみにしてて(*^_^*)”
ご機嫌でも窺うように、当たり障りのないメールを晶さんに送ってみたけど返事はなしのつぶてだ…
思い悩む目の前では役者同士が次のシーンの打ち合わせをしている。
今回は俺も脇役、主役じゃない。
役者やロケスタッフを眺め、黙り込んだ俺に葛西さんは煙草を一吹かしして語り掛けてきた。
「藤沢くん…」
渋い声で“くん”付けだとなんだか哀愁漂う。
「仕事、あったら紹介してくれんかな…」
「………」
口にした内容もこれまた渋すぎる…
前を見たままの葛西さんの横顔を見つめて俺は崩れた姿勢を直した。
・
「葛西さん、仕事あるじゃないですか?」
「ああ、でも単発ばかりだからな…また次に呼ばれるって確証もない」
「………」
なるほど。最近表に出始めたのはそれが理由か……
葛西さんが全盛期の頃は映画、ドラマ、その一本の値段もすこぶる良かった。でも時代が時代だ──
役者も増えればそれだけ仕事も競争率が上がる。
今は芝居が上手い下手に限らず視聴率の為だけに配役を選ぶことが多くなった。
役が獲れなければ役者は死活問題だ──
「社長と楠木さんにお願いしてみます……葛西さんのキャラならうちのタレントと被ることもないし…」
「ああ、頼むよ。どんな役でもやるから」
「………」
安心した顔を向けて礼を言うと、葛西さんはゆっくりそこから腰を上げた。
“どんな役でもやる”
そう言った葛西さんに対して少し“しまった”と口を接ぐんだ。
長いこと同じような役ばかりだ。だからこそ仕事も決まった役しか回ってこない。
どうせ役者なら──
役者だからこそ、幅広く役を演じたい。そう思う筈だ。
葛西さんのことにしても、晶さんのことにしても俺は墓穴を掘ったかもしれない。
「……っ…はあ」
小さな苛立ちに短い溜め息を吐く俺を、撮影に戻った葛西さんは横目にちらりと見て手を振っていた……。
・
───
「……はぁ…」
午後を回った喫茶店。
和らぎでナプキンの補充を一通り済ませ、カウンターに戻ったあたしの口から小さな溜め息が漏れた……。
午後の休憩時間。テーブルに顔を伏せたら並んで座っていたマスターが新聞を読みながら声を掛けてきた。
「どうした? 今日は来たときからそんな調子だな?」
「………」
返事をせずにカウンターに頭を付けたままマスターの方を向く。
「声も出せんか」
あたしは首を縦に二回振って頷いた。
鼻で呆れ気味に笑ってまた新聞に目を向ける。そんなマスターをぼんやり眺めながらポケットから携帯電話を取り出した。
画面には着信マークが記されている。
その送り主は誰だか想像できるわけで……
カパッと開き、そして静かに閉じて目を伏せた。
憂鬱だ──
夏希ちゃんが送ってくれた沢山のメールを読んで、そんな感情が湧いてくる。
鬱陶しいとかそんなんじゃなく……
少しだけ…
ううん、たぶん…
あたしの中で、かなり大きな不信感が募り始めている。
撮影後の控え室での一件はあたしにとって、結構大きな出来事になっていた。
あたしのことが大好きな夏希ちゃん
あたしのことが大好きだった筈の夏希ちゃん……
何を言っても離れない別れないの一点張りでしつこいくらいに可愛いストーカーな夏希ちゃんは……
あの日、
あたしよりも舞花を優先した──
最初のコメントを投稿しよう!