ルグレという男

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「分からない……」 フリーレンにとってルグレは、復讐の標的でしかなかった。だが国を少しでもよくしようとしている姿や、今日の懺悔、そして自分がネフリーだった頃のルグレが、フリーレンの心をかき乱す。 「何があっても復讐するって、誓ったじゃない……」 フリーレンはヘンティルとの愛しい日々を思い出し、復讐心を滾らせた。 フリーレンが側近になって1年、彼女はルグレの行動に法則を見つけた。ネフリーとヘンティルの月命日には教会まで墓参りへ行き、夜はひとりで玉座に座り、瞑想している。 暗殺するなら、瞑想している時だとフリーレンは考えた。 計画を立ててから初めての月命日。この日もルグレはネフリーの墓参りへ行った。墓参りが終わるとルグレは仕事に明け暮れ、彼の夕食が終わると、フリーレンは部屋に帰る。 フリーレンは遅めの夕食をとると、真夜中になるのを待った。 真夜中の1時半、耳を澄ませていると、ルグレが部屋から出ていく音がする。その5分後、フリーレンは慎重に部屋から出ると、謁見の間へ向かう。途中、中庭の噴水前で立ち止まる。噴水の中に手を入れて呪文を唱えて噴水から出すと、その手には氷で出来た短剣が握られている。 シミターを使っているのはフリーレンくらいなので、使ったらすぐにバレてしまうというのと、長さがあるため暗殺には向いていないということで、氷の短剣を作ったのだ。 気配を消して謁見の間を覗くと、燭台がいくつか照らされている程度で薄暗い。それでも闇に慣れたフリーレンの目には、玉座に座って目を閉じているルグレの姿がよく見える。 フリーレンは音を立てずにルグレの前へ立つ。彼の顔を見た瞬間、民のために働く姿や、牢獄に来た時のことなどを思い出す。 (今更なにを躊躇っているの? 私はこの男を殺すために、死にものぐるいでここまで来たのよ……) フリーレンは意を決してルグレの足の間に膝を置き、氷の短剣を振り上げた。 「来たか、ネフリー」 ルグレは目を開けて、真紅の瞳でフリーレンを見上げる。そこに怒りや悲しみなどはなく、とても穏やかな空気を纏っている。 「……いつから気づいていたの?」 「惚れた女の顔を、最初から間違えるわけなどないだろう」 そう言って微笑むルグレに、フリーレンは息を呑む。 「大方、マンディの仕業だろう……。君が牢獄に入れられた夜、鍵を探したのに見つからなかった……。俺の魔法では、鉄格子を壊すことが出来ない。あの夜ほど、自分の無力さを痛感したことはなかった」 「私を助けようとしたと?」 「そうだ。だが実際は、君を怒らせることしかできなかったな……」 ルグレは短剣を持つフリーレンの手に、自分の手を重ねた。 「命乞いのつもり?」 「まさか。最期にネフリーとしての君と話せてよかったよ。本当に申し訳ないことをした……。すまない、愛してる」 ルグレはフリーレンの手に握られたままの短剣を、自分に突き立てた。 「ルグレ!?」 ルグレが自ら死を選ぶと思っていなかったフリーレンは、目を見開き、彼を見る。ルグレは死んだと思えないほど、穏やかな表情をしている。その顔を見て、フリーレンは彼に恋心を抱いていたことに気づいてしまった。 「ごめんなさい、ヘンティル……。私は……」 フリーレンはルグレから短剣を抜くと彼と唇を重ね、自分の胸に短剣を思い切り刺した。フリーレンはルグレの上に倒れ込み、短い生涯を終えるのだった……。 後日、城内は玉座にルグレ国王と、処刑されたはずのネフリー姫が遺体で発見され、騒ぎとなった。フリーレンの姿が見当たらないことから、家臣達は彼女が犯人と見て、行方を探しているとのこと。
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