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全てを知る者
豪奢な椅子に深く腰掛け、肘掛に腕を乗せ頬杖を付きながら
「あまりに愚かで笑えますね」
小さく笑みを漏らして、側に仕える男に話しかけた。だけど男はそれには応えなかった。
男は、その存在が恐れ多すぎて、声を発することが出来なかった。
声の主の視線の先には、小さな池があり、そこには初期化の白き空間の様子が、映し出されていた。
白き管理者の背中に開く、大きな一つ目の姿もくっきりと…。
「まさかあの憎らしい悪魔が、どんな経緯か、あのような場所に辿り着き、勝手に閉じ込められてくれるとは…」
あの悪魔は、下界で私の大切な子達を唆しては、喰らっていた。なんとかして捕らえて、永遠の痛みや苦しみを与えて、その後に完全なる無に返してやる、そう思っていた。
そんな矢先にあの悪魔は、人間の魂に取り込まれた形であの白き空間へやって来た。そしてその管理者を唆して、管理者を乗っ取った。
「あの悪魔は、上手く乗っ取ったと思っているが、あの管理者は私がお忍びで下界に行くために私が作った、私の入れ物。元より空っぽに等しい…」
あの子は、自分がはぐれて彷徨っていた魂で、私に助けられて形を貰ったと思っているが、真実は、私の魂の端くれを使って作った私の入れ物。この単調な毎日に辟易した私が、ここを抜け出す為に作った器。
だから私の魂の端くれと、与えた記憶しかない、空っぽに等しいもの。
そしてあのお目付け役は、私の入れ物が万が一暴走しないように付けた、やはり私の作った、私と繋がる人形。今は、あの悪魔が暴走しないように見張らせて、そして時折私が器として使用する。
それにしても、端くれとはいえ、私の魂を使ったというのに、悪魔に支配されたからなのか、随分と色が濁ったものだ。
限りなく白だったのに。
「あ、あの…あのように、あの悪魔に魂を与えてしまってよろしいのですか?」
今まで声を発せずにいた男が、池に映し出された光景を見て、震える声で主に聞いた。
「…さして問題ないです。あの場に辿り着く魂は、罪を侵した者や自ら命を絶った者。だからといって、あの悪魔に喰われていいものではないけれど、あの悪魔をあの場に閉じ込めておけるのなら、いた仕方ない犠牲です」
それに、あの悪魔の体力を回復させるだけの力も、あの場に辿り着く魂には無い。
「で、では、犠牲なく、早くあの悪魔を消滅させることは、不可能なのですか?」
男の言葉に主は少し、神らしからぬ笑みを浮かべた。
「自分が私の手の内で踊らされていたと、そう気付いて最高の屈辱を味わった後に、最大の苦しみや痛みを与えてから消滅させる。そこまでしないと私の気が済みません。あの悪魔はそれほど、私の子供達を奪ったのですから」
主はそう言って、傍に置いてあった碁石の入った入れ物を手で払い落とした。そして床に散らばる黒の碁石を、虫けらのように踏み潰した。
「その前に何か反乱でも起こすようなら、あの空間ごと消し去りますけどね…どちらにしろ、あの悪魔も、悪魔に操られるあの子も、今や私の手の内で踊らされている、白と黒のこの碁石みたいなものですよ」
生かすも殺すも
暇つぶしに遊ぶも
全ては私の思うまま…
それに…
私とて
退屈には辟易するのですよ。
だからもう少し…楽しませて下さい。
彷徨える魂を初期化し浄化する白き空間は、白き管理者は陰で神を裏切り、その管理者を更に黒き悪魔が陰で操り…。しかしそれもまた、まるで碁盤の上の白と黒の碁石のように、神が気紛れに置き直し、天上でほくそ笑んで楽しんでいる。
いわばその世界、騙し合いの白と黒
全て神の手の内、思うまま
しかし…
そう上手くいかないのがこの世の摂理
果たして、最後に手の上で踊らされているのはどちら?それは一体どちらの手の上?
未来は神にも分からない。
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