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「日本の神話でも、女神が奇形児を産み落とす話があります」
「神なのに、奇形児を?」
久美が神話を語り始めた。シェーリが顔を上げて聞き入る。
「日本神話の始まりの始まりの章、イザナギとイザナミの国産みの儀の時です。最初の子は手も足も無く、人の形をしていなかった。ゆえにヒルコと名付けられ、海に流された。やがて、それは瀬戸内海の淡路島となった。しかし、さすがは神の子。手も足も無いが、粗末にあつかうと身震いをしては、神戸の街の高速道路を薙ぎ倒す大地震を起こしたりする」
「神の子なのに、手も足も無い・・・」
「常に、奇形児は一定の確立で発生します。だれが悪い訳でもないけれど、産んでしまった女には堪らない」
久美は話しながら、目が遠いところを見ていた。
「ほんの百年ほど前まで、神社には出産後の女たちが通って来ました。死産した子、産まれて数日で死んだ子、奇形や病気で育ててもムダと判断された子を持って来て・・・ほとんどは死んでいたが、たまには生きている子もいた。そんな子は柴に巻いて池に沈め・・・間引きしました、静御前の子がされたように。そして、次は丈夫な子が生まれるように、と祈って帰ったものです」
「間引き!」
「神社に女がいる理由です。まあ、最近では、間引きは出生前診断と呼び方を変えてますね。かつては神社の巫女がしていた事を、今は産婦人科の医師がやっています」
シェーリは首を傾げた。日本では神話になるほど奇形児が多いのだろうか。母と自分が奇形児を産んで苦しんだのは、日本では取るに足らない悩みと言うのか。
順はつばを呑み込んだ。どんな仕事にも裏があるように、華やかに見える神社にも裏があった。法律が変わって、今は神社から産婦人科へ間引き仕事が移っただけ。
「口蓋裂の・・・三ツ口の奇形児は、日本では古くはキツネ憑きと呼ばれました。巫女として神社に勤めると、崇められたものです。キツネはネズミの天敵、田畑の守り神でした。粗末にあつかうと、エキノコックスの祟りもあるし」
「奇形児が巫女に・・・」
キリスト教では、ホクロのような小さな皮膚奇形すら、悪魔と契約した証と忌避される場合がある。黒死病の記憶があるから、と云う。奇形児が神の使いとは、宗教観の違いに驚くばかり。
久美はシェーリの肩に手を置き、口を耳に寄せた。
「シェーリさん、あなたは母様から祖母様から特別な力を受け継ぎました。もっと、母様と祖母様を信じなさい。あなたが受け継いだ力は、決して呪いではありませんよ」
「呪い・・・ではない」
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