1. 強欲お祓い

1/4
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ

1. 強欲お祓い

 水野九美は永矢摩神社の神職である。  先代の神職に見出されて養女となり、巫女として神社に仕えた。後に、先代の息子と結婚した。  2年前、先代と息子が相次いで死去、九美は神職となって神社を支える事になった。女が神職を務めるのも珍しくない時代である。  来る!  水野九美は強欲が近付くを察知した。  普通の人には、言っても理解してもらえない感覚である。神社に語り継がれた儀式のいくつかは、街の人々に取り憑く強欲を祓うものだ。  あいにくと、人々から強欲を祓っても、消す事はできない。神社の中に押し込め、留めておくのが精一杯。御神木ヌサコルフチ命と御神体サマイクル命の助力を得て強欲を浄化するにも、けっこうな時間が要る事であった。 「まりか、仕度を!」 「はーいー、姉様」  九美の声かけに、養女で巫女のまりかが応えた。どんな緊急の時にも、努めて穏やかに応える。これも巫女の修行の内だ。  九美は拝殿の前に立ち、木漏れ日の中で待っていた。  境内に黒い大型セダンが入って来た。金ぴかのフロントグリルが強欲そのものである。 「ええい、なぜだ。なんで、こんな非科学的な事をせにゃならん」  リアシートでぶつぶつ言うのは、宝田学園の理事長で宝田岩倶郎である。今年60歳、頭は薄くなったが額は脂ぎっている。押し出しの強い腹回りで周囲を圧倒する。 「しかし、まあ、これは儀式ですから」  助手席から降り、リアドアを開けたのは秘書の佐多啓次。岩倶郎と並んで立てば、対照的な細身だ。  九美はゆるりと車に近寄った。 「いらっしゃいませ。当、永矢摩神社の神職を務める水野九美です」  ゆったりした語りと仕草であいさつした。  岩倶郎のほおがゆるんだ。 「わしは・・・宝田学園で理事をしておる、宝田だ。うちの敷地内に古い建物があって、ちょっと困っている。お願いできるかな」  九美はじっと岩倶郎を見た。  強欲の固まりのような男であるが、表層だけなのか体の芯までか・・・少し判断がつきかねた。 「うかがっております。その現場を見て、どのように祓うか決めたいと思います。後ほど、そちらへ参りましょう」 「わしの車で来るかね」 「いえ、自分の車で行きます」  九美の答えに、岩倶郎は頷いた。じゃね、と手をあげて別れとする。にこにこ顔で車のリアシートに入った。  去って行く車を見て、まりかが寄って来た。 「あの人・・・姉様を見て、強欲が強まったみたい」 「かもしれない」  九美は苦笑をかくさなかった。   2人は振り返り、車庫へ。永矢摩神社の自家用車は、ナンバーが『旭川33』で始まるグロリア。かなり古い物であるが、先代の遺物として大切に使っていた。 「パーカー、出かけますよ」 「へい、おっぜうさま」  車庫の奥から返事が来た。  浜家幸平は先代の頃からの運転手だ。アゴと発声に障害があり、自分の名前「はまか」が言えず、「パーカー」となってしまう。それが呼び名になっていた。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!