5.3匹まとめてお祓い

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 シェーリと母は南ベトナムのホーチミン市で暮らしていた。  母は洋裁の仕事をしながら、市内のカトリック系の教会にも勤めていた。牧師を助け、人々の心を癒やす人だった。もちろん、シェーリの誇りである。  ある日、母に得体の知れない物が大量に取り憑いた。母の体の数倍もある虫のような、母を押しつぶしそうな・・・半透明の怪物たち。シェーリには見えても、他の人には見えないらしい。  母は走り、取り憑いた怪物もろとも川に身を投げた・・・死体は上がらなかった。 「人々の強欲を祓おうとして、己が身に強欲引きつけたまでは良かったが・・・うまく封じる事ができなかった。それで起きた事故ですね。サマイクル命と同じ事になった。今頃は、川底で岩になっているかも」 「岩に・・・」  久美がシェーリの母に起きた事を推測した。 「みんなは・・・ライダイハンだから、と母を軽蔑した。キリスト教では自殺を禁止してるのに、それをした大罪人だと」 「実は、街の人を守って起きた事故でしょうに。あれが見えない人の言い方は、無視するしかありませんが」  母は自殺したのではない、久美は言った。 「ライダイハン・・・て、何だい?」  順はシェーリに言った。知らない言葉を聞いた、それへの素直な疑問だ。 「あたしは4分3ベトナム人で4分の1が韓国人。母は2分の1ベトナム人で2分の1韓国人、ハーフだからライダイハン。でも、韓国軍が祖母をレイプして産まれたハーフ・・・」 「レイプ・・・軍隊が」  順は聞いた事を、少し後悔した。  シェーリの母は故郷の出来事をほとんど話さなかった。  でも、ホーチミン市には同郷の出身者がいた。彼らから、村の災難を聞くことができた。  シェーリの祖母は、ハミ村の村長の養女だった。幼い頃から特別な力を持ち、ケガ人や病人を癒やした。  ベトナムが北と南に割れて戦争を始めた。しばらくは戦いは遠くで、村にケガ人が流れて来るくらい。シェーリの祖母はケガ人を癒やし、送り出した。  外国の軍隊が村にやって来た。南ベトナム政府を支援する連合国の内、韓国の軍がやって来た。北ベトナム軍を支援する村として調査の名目で来た。  韓国軍の士官は村人を集め、男と女に分けた。男たちを並ばせると、機関銃の一斉掃射を浴びせた。調査らしい調査は無かった。  老婆が泣いて倒れた息子に駈け寄る。が、それにも機関銃が浴びせられた。  機関銃が止んでも、一部の男たちは生きていた。数発の弾をうけて、身動きならずにもがく。  そこへ、今度は火炎放射器で炎が浴びせられた。わずかに息のあった男も、生きながら焼かれた。村にガソリンの臭いが満ちた。  恐れおののく女たちに、韓国軍は襲いかかった。10才に満たない女の子まで犯された。  三日三晩、村の女たちは犯し続けられた。  朝、気が付くと、韓国軍は消えるように村から去った。  ようやく、女たちは焼け焦げた遺体を片付け始めた。  と、飛行機が低空飛行で村を通り過ぎた。空から薬剤が降ってきた。  アメリカ軍の殺虫剤散布だった。ダイオキシン系を主成分とする溶剤で、後に枯れ葉剤と呼ばれた。  1度だけでなく、その日には何度も上空から散布された。  祖母は頭から溶剤を浴びて、吸い込んで息が詰まった。井戸の水も汚れてしまった。  バタバタと女たちも倒れていく。  祖母は生き延びたが、妊娠していた。生き残った他の女たちも妊娠していた。  出かけていた男たちがもどり、村の再建が始まった。  やがて、女たちは子を産んだ。が、流産や死産が多発した。やっと産まれても、奇形児はすぐに死んだ。  シェーリの母は、数少ないまともな子として生まれた。  ベトナム戦争が終わり、新しい国ができた。でも、韓国軍の子を産んだ祖母は迫害された。  シェーリの母が大人になる前に、祖母は死んだ。
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