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「調査の名目で来て、調査は面倒なので、皆殺しにした・・・戦争って、そんなものかも」
順は聞きながら、胸が詰まる気分。息が苦しくなった。
かつてのワルだった頃の自分を韓国軍に重ね合わせた。標的に定めた相手を徹底的に叩きのめす、抵抗する気が無くなるまで叩く。相手が気力を失ったところで、次は強請る。骨の髄まで搾り取る・・・そして、何も無くなったら捨てる。
機関銃の一斉掃射だけでなく、火炎放射器まで使った韓国軍。その恐ろしさに、村の女たちは抵抗もできずにレイプされた。飽きて捨てたところへ、枯れ葉剤で証拠隠滅・・・計算され尽くしている。
ベトナム戦争では、他の村でも虐殺事件が起きた。言い伝えられている事件は多いけれど、刑事事件として裁判まで行ったのは、ソンミ村事件など少数である。核戦争へエスカレートする恐怖が背景となり、人々は虐殺事件に鈍感だった。村で数百人死んでも、核戦争で数百万人が死ぬよりは良いと・・・
「祖母が死んで、すぐ母は結婚したよ。女が一人で生きていける社会じゃなかった。翌年、子供を産んだ・・・奇形児だった、すぐ死んだ。次ぎの子も・・・次の子も・・・4番目に、あたしが産まれた。やっと五体がそろった子ができた、と母は喜んだ」
やっとシェーリに笑みがうかんだ。
「前に、3人がダメだったのか・・・」
うーむ、順はうなった。枯れ葉剤の影響か、戦争後のベトナムでは、奇形児の出産が多く報告された。結合双生児のベトとドクは有名だ。けれど、戦争の後始末として病院が多数建てられ、奇形の情報が上がるようになっただけかもしれない。
「でも、あたしの事を父は嫌った。いつか、奇形が表に現れると心配した。結局、母は離婚して、ホーチミンへ引っ越した・・・」
「そこで、母は事故で川へ落ちた、と」
久美はシェーリの出生譚に頷いた。
「母が死んだ時、あたしは16才だった。一人では生きていけない。近所の男と結婚して、翌年、子供を産んだ・・・口が縦と横に裂けて、目から上の頭が無かった。すぐ、死んだ・・・」
「口蓋裂の奇形か。そして、無頭症の奇形!」
口蓋裂とは左右の上あごや下あごがつながっていない奇形だ。骨がつながっていても、唇の左右がつながっていない場合もある。唇だけの場合は三ツ口と呼ばれ、現代では手術でつないで治す。クジラの下あごの骨は左右で分かれていて、大きく口を開いて獲物を捕る。
無頭症は頭蓋骨の上部が発達していない奇形。脳も未発達で、ほとんどの場合、自活能力は無い。へその緒が切れたとたんに絶命する。
「夫は・・・ライダイハンはダメだ、と言って離婚になった。それからは・・・一人で働いて、ベトナムから逃げて・・・ライダイハンの呪いから逃げるために・・・ここに」
はあ、シェーリは息をついた。胸にたまっていた物を吐き出した、忘れられない過去だ。
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