白菜の花言葉(♂→♀)

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白菜の花言葉(♂→♀)

白菜の花言葉【固い約束】  小学生の頃、塾の帰りが遅くなり真っ暗な道を一人駆け足で走り抜けていた私は、街灯の付いてない電柱の陰から伸びて来た手に捕まった。  突然の事に驚きと恐怖が込み上げて来て、大声で叫びかけたその時、荒い息づかいを顔に感じ何かで口を塞がれた。  今にして思えば、私の口を塞いだのは私を捕らえた者の唇だったのだろう。  その時はただ怖くて、口を塞がれたまま涙を流していた。  口が自由になる頃には足に力が入らなくなっていて、掴まれた手を離された事で私は座り込んでしまった。 相手はしばらくその場に立っていたが、小さな声でそれでもはっきりと一言言葉を発すると、私に構う事無く走り去った。  結局その日は、震える足をなんとか動かして家まで帰れたけれど、玄関に入って早々、ホッとしてその場に座り込んだ。  そんな私の姿を見た母は心配した様子で駆け寄ってきて、何があったのかと聞きながら怪我や服の汚れを気にしていた。  あの日から、私はどこへ行くにも父か母に送迎してもらうようになり、二人が無理な時は、年の離れた従兄弟のお兄ちゃんに送迎してもらう事になった。  事情を話したら、快く引き受けてくれたお兄ちゃん。 お兄ちゃんは、父のお兄さんの息子さんで、私達が今の家へ来る少し前からその近くに住んでいた。  私が小学1年生に上がった時は道に迷わないようにと、よく一緒に登校してもらっていた事もある。 その頃から、私はお兄ちゃんを‘お兄ちゃん’と呼んで慕っていた。 「あ、お兄さん来てるよ!」 「良いね~。行きも帰りも送り迎えなんて、お金持ちみたい」 「も~、そんなんじゃないって…」 「相変わらず格好いい~!!彼女がいないなんて不思議よね」 「そう言えば…」 「ほら、早く行かないと」 「うん。皆、またね!!」 タタタッ ガチャッ 「お兄ちゃん、遅れてごめんなさい!!」 「ん~?別に構わねえよ」 バンッ 「ちょっと委員会が長引いちゃって…」 「高校生も大変だな」  高校へ入ってからは父も母も仕事が立て込んでるみたいで、いつもお兄ちゃんが車で高校への送迎をしてくれている。  ここで出来た友達は私の送迎理由を知らなくて、知り合った当初は変な顔をしていたけれど、理由を話したら納得してくれたみたいだった。 今ではすっかり馴染んで、お兄ちゃんが迎えに来るとからかわれる様になったけど…。 「…ねえ、お兄ちゃん」 「ん~?」 「嫌じゃない?」 「何が?」 「私の送り迎え…」 「いいや~」 「嫌になったら、言って…。父さんと母さんに話してみるから…」 「…どうした、急に?」 「えと…、もし彼女さんとかいたら迷惑かなって、思って…」 「………彼女なんていねえよ」 「それに、もう大丈夫かなって…。あれから特に何も無いし、来るならとっくに来てるだろうし…」 「…用心するに越したことはないだろ。伯父さんや伯母さんの気持ちも分かるしな」 「…それは…」 「まあ、お前が嫌なら仕方ねえけど…」 「私は、嫌じゃないよ。けど…」 「なら、俺の事は気にすんなって、な?」 「………」  私がお兄ちゃんに迷惑じゃないかと聞いた理由は、本当にそう思ったからもあるけど、もしお兄ちゃんに彼女がいて鉢合わせしたくないと思ったからでもある。  お兄ちゃんの言葉に頷く事は出来なかったけれど、とても嬉しいと思った。  だけど、その気持ちはすぐに打ち消されてしまったのだ。 お兄ちゃんの一言で…。 「…‘数年後、必ず迎えに行く’だったか…」 「!」 「お前はそいつの顔、見たのか…?」 「………ううん…」 「声に聞き覚えは?」 「多分、無い…と思う…」 「他には覚えて無いのか?」 「うん…」 「そうか…。………もしそいつが今、目の前に現れたら…やっぱり怖いか?」 「…よく分かんない…。けど…」 「けど?」 「やっぱり、怖いと思う…」 「…だよな」  呟いたお兄ちゃんの横顔はどこか遠くを見つめているようで、その姿が私にはとても格好よく見えた。 同時に、私の胸は高鳴った。 「………お兄ちゃん」 「ん?」 「私、お兄ちゃんが迎えに来てくれるなら嬉しい、かも…」 「え…」 「なんて、ちょっと思ったんだ…」 「………いいぞ」 「え?」 「お前が高校卒業したら、迎えに来てやるよ」 「…お兄、ちゃん…?」 「嫌か?」 「う、ううん!嬉しい…」 「…あの時の、約束も兼ねてな…」 「え?」 「こっちの話だ。約束するよ」 「っ~…、ありがとう…」  最後の言葉は聞き取れなかったけれど、お兄ちゃんのしてくれた約束に私は卒業式の日が待ち遠しくなったのだった。 (約束、か…) 終わり
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