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私たちが出来ることは限られていく。
忍耐強く、世間に蔑まれないように身を隠して存在しなければならない。
マイナスを0にする行為だけが求められる。
でも、それでいい。
諦めや妥協ではなく、その楽観的な考えのほうがいいのだ。
私は白黒つけず、グレーゾーンに存在する。
少しだけ変わった気がするのを実感した。
自分に向き合う時間。
まだ、卑屈な気持ちがすべて無くなったわけではない。
けど、そんな時には頼れる人間がいる。
私を私にさせた、藍という人間が。
「この後、予定ある?」
「なぜ?」
ケーキを半分ずつシェアして食べる私たちの間に、普通の会話が存在した。
──おいしぃ…と悶える彼女は、胸を手で押さえる。
「おっぱい、買いに行こうと思って」
「……整形ってこと?」
私の言葉が彼女のなにかを変えてしまったのかと、また戸惑う。
けれど、藍は違うと首を横に振る。
「その日の気分とその日のファッションにあう胸が欲しいの
だから、パットよ」
「安心した」
「ついでにあなたも買ったら?
そのブラジャーいつの?」
女装家は、女性よりそこら辺に厳しい。
私はげんなりして顔を歪ませる。
けれど、たしかに…と思い襟から下着を覗く。
さらに顔が歪んだ。
子供の問題は後回し。
お義父さんの問題も後回し。
出来ることは、自分を一から形成させること。
その中に下着は入っていない。
──わかってる、冗談よ。
と悪戯っ子のように笑う藍。
彼女を、犯罪者にはしたくない、強くそう思う。
染まらせたくない。
夫との関係も大切だ。
でも、藍との関係はもっと大切。
倫理に反した事をしている、という実感はある。
けれど、その他大勢が、理解出来るXデーはこないだろう。
来ないなら、その日の気分に合わせた応急措置をしなければならない。
今の時代は、セクシャルマイノリティーに寛容だ。
けれど、理解出来る、という言葉は真実味がない。
だって当事者自身が理解出来ないのだから。
私たちが、一番深く怯えているのだから。
『理解出来ない人間もこの世にいる』ということ、ただ、それだけを理解してくれる方が生き易い。
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