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「……なにかを変える気はない なにか行動を起こす気もない 私のフェチズムを理解出来ないだろう人間にカミングアウトする気もない ただ、私はそういう人間なんだ、と正面から向き合うことが出来た」 私はそう本音を吐き出しながら、藍の方に手を伸ばす。 冷えた机に当たる自分の腕。 どれだけ身体が疼いても、いくら冷ましても、私たちはオカシイ人間だということに変わりはない。 メニュー表を拒否した手が、私を拒絶しないようにと祈る。 「変わる必要もあって、絶対に変わってはいけない だからもし私のあの言葉を引きずっていないなら、傍にいて欲しい あなたが私を止めて 私を解放して」 「……私のことも止めてくれる? 犯罪者にさせない?」 右目からも涙を流した藍は、震える声で小さく小さく呟く。 恐る恐る私の手を握ってくれた。 分からない。 他者のフェチズムを目覚めさせてしまうのが、フェチズムな藍。 私に止められるのか、まったく分からなかった。 だから頷くことは出来ない。 「一緒にいることは出来る 辛かったら、呼び出して、すぐに会いに行く」 「怖いのよ……」 少し前の自分を見て、私の瞳からも涙が溢れた。 藍の手をキツく握り締める。 汗ばんだ彼女の手が、どれほど辛いのか私に認識されてくれた。 いつもの手はこんな異常じゃない。 こんなガタガタに塗られた爪じゃない。 こんなささくれが剥けた指じゃない。 こんなに強張った手じゃない。 「わかるよ、わかる だから、一緒にいようよ 一緒にいないよりはマシ…… なんとかなるかもしれない」 正解の道は私たちに用意されていない。 ただ、努力するしかないんだ。 「……白黒つけたがるあなたにしては、とても曖昧な選択ね」 ようやくいつもの藍が戻ってきてくれた。 小さく頷き、覚悟を決める彼女。 凛々しく美しい表情をしている。 ──やだぁ、パンダ目になるじゃない。と鼻声で鞄から小さなポーチを取り出した。 鏡を取り出し、涙を丁寧に拭う。 そして今度はアイスコーヒーを大量に飲む。 ストローからずず、とコーヒーを吸い上げる音が聞こえ、私もようやく緊張の糸がほどけた。 藍と同じようにストローに口をつける。 「昨日のホテル代、愛が払ってくれたからここは奢るわ 今の私、とっても寛大だからケーキも食べていいわよ」 「なら頼む」 悪戯っ子のように笑う藍の調子に乗った私。 いつもの私たちが存在した。 藍から受け取ったポケットティッシュ。 それで涙を拭いて、カウンターに顔を向けた。 「すみません メニュー表、もう一度いいですか?」
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