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私は少し変わった子供だった。 その少し変わった、という出来事は花が朽ちた時に開花したんだと思う。 まだ私が赤いランドセルを背負っていた頃の話である。 母は無駄遣いをしない人間だった。 貧乏ではないけれど、堅実に生きている人間だった、と今近い年齢になって思ってしまう。 そんな母が唯一、楽しみにしていたこと、それは花を飾ることだった。 玄関の靴箱の上。 鍵と同じ列に並ぶ、ガラスの花瓶に入った花。 私はそんな母に、美しいものは美しいと育てられた。 習慣というものは教えられなくても身に付いていく。 代々受け継がれていく宝石と変わらない。 少し枯れてきたら捨て、また新しいのを買って花瓶に生ける。 それが、私を私たらしめる環境だった。 ある日を境にその玄関の花は、見たこともない程ぐしゃぐしゃに枯れた。 枯れた花は捨てるもの、という概念を植え付けられた私にとって、初めて見るぼろぼろの花。 ……醜いという考えより、むしろ美しさを感じてしまった。 醜いものに惚れた。 そしてそのすぐ後に罪悪感を覚えた。 母の教えに背いた行為だったから。 罪悪感を覚えたあとは、背徳感に襲われた。 波のように押し寄せる感覚はいつしか、快感となって現れる。 その当時、性というものを知らない身体は排泄をした。 漏らす、という躾に反したことが身体では起こっていた。 母の葬儀は美しい花たちで囲まれていた。 どの人も口々に、あの人は花が好きだったから……と涙を浮かべ棺桶に花を添えていく。 交通事故で死んだ母は、花のように綺麗だった。 不幸中の幸いにも顔に傷がつかなかったのだ。 みんな、それをよかったと呟いていたのを覚えている。 花に負けないほど、人に好かれた母。 枯れる花を捨てる母に似合う最期だったと思ってしまった。 今でも思う。
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