謎の老人現る

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謎の老人現る

 ある春の夕暮れ。  東京のある高校の裏庭にある大きな木の下で、ぼんやり空を仰いでいる一人の女子高生の姿があった。ちなみに、三年生である。  彼女の名は春子、生まれてすぐに孤児院の前に捨てられていた身寄りのない身。ある春の日に門の前に捨てられていたので門 春子(かど はるこ)と安易に名付けられた。門 松子じゃなくてましかもしれないがちょっと酷い話だ。誕生日も、捨てられていた日にされている。  春子は、大きな木の幹に背中を預けて、ブラスバンド部が練習する曲を聞きながら、ぼんやり空ばかり眺めていた。同級生が受験勉強や部活動、恋やバイトに勤しんで青春真只中なのに、彼女はまったく興味がない。欲がないとよく言われるが、将来の夢もない。担任の先生に渡された進路希望調査用紙も白紙のままで、左手でヒラヒラと弄ぶ。  西の空には、もう一番星の金星が輝き始めている。子どもの頃から、春子は何故か金星が好きだった。 「日は暮れるし、腹は減るけど、孤児院に帰っても、いいことなんか一つもない。いつものように鬼のような院長のパワハラ×セクハラが待っているばかり。こんな思いをして生きている位なら、いっそ東京スカイツリーのテッペンから身を投げて、死んでしまった方がましかな。そうすれば、史上初の東京スカイツリーからの飛び降り自殺者として歴史に名を遺すかも。でも、未成年で顔も名前はわからないかな。いやいや、SNSで顔とか名前がさらされるかな。根も葉もないこと書かれたりして。」  元々、人付き合いも苦手で高校でも友達がいない春子は、こんなとりとめもないことを思いめぐらしていた。  すると、いつのまにやって来たのか、彼女の前に立っている老人の存在に気が付いた。    春子は、定時制に通う生徒の一人だろうと、勝手に決め込んだ。  その老人は見るからに金持ちらしい高級な服装で、春子の顔を見ながら、「お前は何を考えているのだ。」と、横柄に上から目線で言葉をかけてきた。 「私ですか。私は孤児院に帰るのが嫌で、どうしようかなって考えていたところです。」  老人の尋ね方が急だったので、春子は、思わず正直に答えてしまった。 「それだけではないだろう。」 「・・・・・・・」  鋭い眼光の老人の言葉に、本心を答えるべきか迷ってしまう。 「まあ、よい。言いたくなければ、これ以上聞くまい。それより、お前に良いものをあげよう。」 「えっ、何ですか。」  春子が興味津々で見つめる中、老人は懐から長財布を取り出し、一枚の銀色に輝くカードを取り出した。 「一億円入っている。好きに使えばよい。」 「一・・・、一億円ですか。何で私なんかに。」 『自分で言うのも何だけど、そこいらのアイドルに負けない美貌の私だけど、未成年だし、女としてそこまで商品価値なんかあるはずがない。裏のAV映画に強制的に出演させられるかもしれない。超ヤバイ。』  春子は、心の中で危険信号を鳴らした。 「安心しろ。先行きの短い金持ちの道楽と思え。じゃあな。」  その老人は、迎えに来た白い高級車に乗り込むと、振り向きもせず、どこかへ去って行った。  空を見上げると、白いハトの群れが合唱しながら山の方へ飛んで行く。
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